とらわれの姫君

15


 朝から私は落ち着かなくてしょうがなかった。何かをせずにはいられなくて、パーティーに行かない家族の為に料理をしたり、部屋を掃除したり。
 ルヴァおばあちゃんが、オスカーさんに会えるパーティーに誘って貰えないと、拗ねているのを相手するのが大変なぐらい。ルヴァおばあちゃんには内証にしろとアリオスお兄ちゃんから言われていたけれど、私が招待状を広げて眺めていたので、あっさりばれてしまった。だから、愚痴もある程度は我慢しないといけない。まあトホホな状況だったりもする。
「おまえたちはいいよねぇ、オスカー様に生で会えるんだから…! あのオスカー様だよ! これ以上に素敵なことはないんだよ!」
 嫌みと天然さの中間で、ルヴァおばあちゃんは言う。それもあえて聞くのが、私の仕事だと思う。仕方がないけれども。
「オスカーはきっとサンバを踊るよ! おまえたちはいいねぇ、サンバを聞けて!」
 私はまさか生でオスカーさんに会い、お茶もしたことがあるなんて、とうていルヴァおばあちゃんには言えない。
「アリオスお兄ちゃんに頼まれたから…。婦人同伴だからさ、妹の私に頼むしかなかったのよ…」
 私は曖昧な笑みでおばあちゃんに答えたが、それだけではルヴァおばあちゃんは満足しないようだ。
「婦人同伴だったら、私を誘えば良いのに! 同じベッドで寝ている仲なのに!」
 ルヴァおばあちゃんの拗ねたちょっとだけ可愛い台詞には、私は苦笑いするしかなかった。
「アリオスもやっぱり若くてぴちぴちのがいいのかねぇ。私が若い頃は、私が通りを歩くだけで、焦がれ死にする若者が後を絶たなかったっていうのにねぇ」
 ルヴァおばあちゃんは、一旦自分の顔を鏡で写した後、私の顔をじっと見つめる。私は思わずたじろいでしまった。
「…タヌキ」
 少し意地悪にニヤッと笑うと、ルヴァおばあちゃんは私から離れる。
 おばあちゃんも、やっぱり”女”何だって思う。
 昔、お札にもなったとても偉い人がお母さんに、『お母さん、あなたはいくつまで”女”でした?』と聞いた時に、火鉢の灰をぐるりと回して”灰になるまで”という意味を示したと、聞いたことがある。まさに、ルヴァおばあちゃんはそれなんだろうと思う。
「ちゃんとさ、おみやでも買ってくるからね?」
「…美味しい煎餅とかお茶を頼むよ…」
「うん!」
 自分の好きなものを言ってくるのが、ルヴァおばあちゃんらしい。私は笑顔で請け合った。


 夕方になり、私はシャワーを浴びたりして、仕度をする。
 アリオスお兄ちゃんに買ってもらったドレスに袖を通すのは、かなり緊張してしまった。
 胸がドキドキする。
 気になるのは、全部アリオスお兄ちゃんのこと。ちゃんと着こなせるかしら、アリオスお兄ちゃんに釣り合うかしら。そんなことばかりを考えてしまう。
 ドレスを着て、高校生らしく薄化粧をして、仕上は一緒に買って貰ったカチューシャ。それを付けて、私の準備は完了。
 レオナードお兄ちゃんもぱたぱたとシャワーを浴びて、らしくないタキシードに着替えているようだ。エンジュは家族と参加するらしいので、エスコート出来ないのが残念そうだ。
 準備が出来て、落ち着かない様子で、私とレオナードお兄ちゃんが待っていると、アリオスお兄ちゃんが迎えに着てくれた。
「行くぜ? 車はちょっと奮発した!」
 アリオスお兄ちゃんのイタズラっぽい微笑みに、私とレオナードお兄ちゃんの期待は高まり、直ぐに玄関に出る。
 すると停めてあったのは、運転手付きのリムジンだった。
「うわあっ! ハリウッドスターみたい!」
 私は感嘆の声を上げて、興奮せずにはいられない。ホントにドキドキして、踊り出してしまいたくなった。
「気に入ったか?」
「うん!」
「だったら、レディファイトだな。どうぞ、お嬢様」
 アリオスお兄ちゃんがスマートにも後部座席のドアを開けてくれたので、私はジュリア・ロバーツにでもなった気分で、乗り込んだ。後をアリオスお兄ちゃん、レオナードお兄ちゃんと続く。
 何だかとっても良い気分。きっとシンデレラはこんな気分だったんだろうなと、容易に想像がついた。
「凄い、素敵だった」
「これからアンジェリークのパーティーに出向くからな、せめてこれぐらいはしねえとな」
「そうね」
 きっと実母に対しての敬意なのではないかと、私は想う。
 アリオスお兄ちゃんの中では、ディアお母さんが実の母の位置にあるのだろうけれど、産みの母親にもそれなりの感慨を持ってはいるのだろう。
 そう想うと、どこかセンチメンタルな気分になってしまった。
 流石のリムジンの揺れは気持ちが良くて。私は思わず目を閉じる。
「おい、寝ると目が腫れるから気をつけろよ」
 アリオスお兄ちゃんの最もな指摘で、私は目を開けるしかなかった。
 リムジンはゆっくりとホテルに入り、車寄せに入っていく。
 遠くでフラッシュが激しく焚かれるのを感じる。
「アンジェ、3兄妹で派手に出ていこうぜ?」
「うん!!」
 リムジンが車寄せに停まる。私たちはフラッシュの雨の中、私を真ん中に三人で手を繋いでリムジンを降りる。
 公式の場所でアリオスお兄ちゃんが女の子を同伴して現れたものだから、誰もが驚いてしまっている。フラッシュが余りにも激しくなり、私は目を眇めた。
 スーパースターのアリオスが、公式のパーティーで女性同伴はかなりのニュースのようで、みんな色めきたっていた。
 だけども直ぐに私が妹だと解り、フラッシュ攻勢は止む。
 私はふたりの最高に素敵な男性にエスコートされて、ゆっくりと会場に背筋を延ばして入る。セレブリティの心地良さを体験できて、気持ちが良かった。
 受付で招待状を見せた後、いよいよパーティー会場に乗り込む。
 私は最高の緊張とワクワク感で、気分は高まっていた。
 入口では、美しい過ぎるアンジェリークさんが挨拶をしている。スターのオーラが激しくて、目が眩んでしまうほどだ。
 私たちの番が回ってきて、アンジェリークさんは一番素晴らしい笑顔を浮かべてくれた。
「…有り難うアリオス、来てくれたのね」
「あんたが招待してくれたからな。礼儀を果たしたまでだ」
「…それでも嬉しいわ」
 アンジェリークさんは瞳に涙をいっぱい貯めると、イキナリアリオスお兄ちゃんに抱き着いて来た。
「……!!!」
 これには流石の私達や記者も驚く。
 でも実の母子だったら当然かもしれないけれど…。私は複雑な気分だった。
 フラッシュが焚かれ、アリオスがアンジェリークの愛人なのかと、記者が囃し立てる。
 アンジェリークさんは泣いていた。私はすぐ横にいたから、解ったのだけれども。
 美しく光った涙は、ダイヤモンドのように清らかだ。私は本当に綺麗だと思う。
 アンジェリークさんは微笑んでアリオスお兄ちゃんから離れると、私に視線を写す。もう涙の痕は見られなかった。
「こちらは?」
「俺の大切な………、妹だ」
「アンジェリークです」
「あの時の! 見違えたわ! とてもお綺麗だから。そう……、大切なのね…」
 深い眼差しを向けると、アンジェリークさんとアリオスお兄ちゃんは、視線で会話をした。
 私たちはそれで挨拶を終えると、奥に進んでテーブルに向かう。
 辺りを見ると、ワイドショーやタブロイド紙の記者やレポーターが様々な取材をしていて、華やかな雰囲気がある。
 でも、私の視線は美味しそうな料理に釘づけになった。
「ホントに美味しそうよね!」
「乾杯が終わるまで我慢するんだぜ?」
「そうそう。アリオスアニキの言う通りに、おまえは食いしん坊だからな。腹壊すまで食うなよ」
 レオナードお兄ちゃんはいつも一言余計。私は拗ねて頬を膨らました。
「意地悪! そんなに食いしん坊じゃないわよ!」
 私がぷりぷりすると、お兄ちゃんたちは余計に面白がっていた。
 乾杯の時間になったけれど、レオナードお兄ちゃんは指定カメラマンなので撮影に入り、私とアリオスお兄ちゃんだけがテーブルに着く。
 私はジュース、アリオスお兄ちゃんはシャンパンで、アンジェリークさんをお祝いする。
「色々とお世話になった方々の支えで、私もここまで来ることが出来ました。とても感謝しております。30年御愛顧を頂きましたが、これからも皆様の記憶に残る女優になるべく精進して参ります」
 アンジェリークさんがはきはきとした調子で挨拶をした後、乾杯の音頭は巨匠ジュリアス監督が務める。
 …けれど話がかなり長かった。まるで校長先生みたい。ひょっとしたらそれよりも長かったかもしれない。ようやく話が終わった時には、私もアリオスお兄ちゃんも足が痛くてヘロヘロだった。
「では、30周年を祝して、乾杯っ!」
「乾杯!」
 ようやく開放されて、私達はまさに乾杯ドリンクで喉を潤した。
 だけど飲み物がかなり温くなっていたのは事実だった。
 それを合図に、豪華な料理が沢山出て来て、私はそれを片っ端からぱくつく。
「ホントにどれも美味しいよ!」
「そいつは良かったな?」
 私が食べるのに夢中になっていると、アンジェリークさんが私たちのテーブルにやって来た。
「今日は来て下さって有り難う」
「こちらこそ光栄です」
 私が夢見ごこちで言うと、アンジェリークさんはゆっくりと微笑んでくれる。
「…お招き頂いて、感謝しています」
 アリオスお兄ちゃんは堅い声でどこか淋しげに呟く。それをアンジェリークさんはじっと見つめている。
「…アリオス、今夜はうちに来ない?」
 アンジェリークさんの余りにもの唐突な申し出に、私は驚かずにいられなかった。
コメント

アリコレ兄妹ものです。
まだ佳境までには時間がかかりそうですが、宜しくお願いします。





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