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私は見つめ合うふたりを、見つめるしか出来ない。 ふたりが母息子であることは、私の中では既に”事実”だけれど、そう思えば思うほど、切ない。 「お嬢さんも一緒にいらっしゃい。あなたはアリオスの大切なひとらしいから…」 「…はい」 美しい瞳に優しい光が宿れば、私は動けない。私はただ頷くことしか出来なかった。 「パーティーが終わったら二次会はなしだから、直ぐに車寄せに来て頂戴」 「ああ」 少し不安な私に、アリオスお兄ちゃんは手をしとかりと握り締めてくれた。優しさと逞しさが肌を通じて感じる。アリオスお兄ちゃんには信頼の笑顔を送ることが出来た。 「それじゃあ、後でね」 商談成立とばかりにアンジェリークさんは微笑むと私達から離れていく。それを見送りながら、間もなくやってくる親子の対峙を切なく思った。 パーティーの間、私は慣れないせいかアリオスお兄ちゃんにくっついていたし、お兄ちゃんもずっと傍にいてくれた。 私は、セレブリティばかりのパーティーの中で、アリオスお兄ちゃんの存在に、些かほっと安らぎを感じていた。 「やあ、お嬢ちゃんじゃないか!」 「オスカーさん、こんにちは」 近づいてきたオスカーさんに私が挨拶をするなり、アリオスお兄ちゃんは前に出てくる。ちょうど、私を隠すような格好になった。それがまた逞しいと思ってしまう。 「おい…、何をお嬢ちゃんを隠しているんだよ?」 「おまえの毒牙からアンジェを守っているまでだ」 アリオスお兄ちゃんはきっぱりと言うと、鋭い眼光をオスカーさんに投げ付ける。ふたりのキツイ視線が重なり合い火花を散らすものだから、私はおどおどとするしかなかった。 「ったく、今日はパーティーだろう? そんな顔をするな。アリオス、おまえはお嬢ちゃんの”殺虫剤”みたいだぜ?」 「”殺虫剤”で結構。おまえみてえな”サンバ虫”をアンジェには付けたくねえ…」 アリオスお兄ちゃんは少し恐いところもあったけれども、恋する乙女としてはそれが嬉しかった。 アリオスお兄ちゃんの頑なな表情に、オスカーさんは苦笑する。 「おまえ可愛くないな。これだったらお嬢ちゃんは、永遠に”虫の付かない花”だぜ?」 オスカーさんはどこか警告をするように言ってくるが、それで動じるようなアリオスお兄ちゃんではない。そんなところが好きだった。 「…こいつだって、俺に護られているほうがいい」 アリオスお兄ちゃんの言葉に、私は思わず頷いてしまっていた。 本当にずっとそうだったらいいのにと思わずにはいられない。 「…まあ、そういうことにしておくか…」 オスカーさんは苦笑すると、アリオスお兄ちゃんの背中に隠されている私をちらりと見た。 「またな、お嬢ちゃん、俺はまだお嬢ちゃんのプロモーションビデオの出演を、諦めた訳ではないからな」 オスカーさんが挑発するかのように言うと、アリオスお兄ちゃんは更に睨み付けていた。 「殺虫剤がばらまかれる前に、俺は退散するとするか」 「おまえはあっちへ行け!」 アリオスお兄ちゃんのいつもとは違った感情的な声に、オスカーさんは笑って立ち去った。 オスカーさんが大人で良かったとほんの僅かだけれど思う。 私がひょっこりとアリオスお兄ちゃんの背中から出ると、髪を撫でてくれた。 「変なやつに挑発をするなよ」 「アリオスお兄ちゃんが護ってくれるから大丈夫よ」 私が想ったことを口にしたら、アリオスお兄ちゃんは複雑な表情で私を見ている。 結局、パーティーが終わるまで、アリオスお兄ちゃんは私の傍にずっといてくれた。 それが何よりも嬉しくて、頼もしい。私には最高のボディガードだった。 レオナードお兄ちゃんはと言えば、写真撮影に余念がない。やっぱりレオナードお兄ちゃんには、パパラッチのまね事よりも、真摯な写真が良く似合う。 撮影がメインだったので、余りエンジュの相手をすることが出来なくて、エンジュが淋しいそうだった。 エンジュの側にはご両親らしきふたりがいる。目を引くが、とても落ち着いた雰囲気を持っている。 「エンジュは…、有名グループの総帥クラヴィスの娘だったんだな…」 アリオスお兄ちゃんはぽつりと呟くものだから、私は大きく頷く。 「そうだよ。エンジュはかなりのお嬢様なんだ。鼻にかけたところがないから、そんな風には見えないけれどもね!」 「…そうだな」 アリオスお兄ちゃんが何を考えているのか、整った横顔を見ても、私は一切解らない。 アリオスお兄ちゃんの世界に入れない…。 そう想うと、切なくて苦しかった。 無事にパーティーはお開きになり、私達はアンジェリークさんとの約束通りに、ホテルの特別な車寄せに来ていた。 更に凄いリムジンが停まっている。 「すごいね。流石は大女優さんだ」 「そうだな…」 アリオスお兄ちゃんは心ここにあらずとばかりに煙草を吸いながら、明後日の方向を眺めていた。 「お待たせしたわね。さあ、ふたりとも乗って頂戴」 アンジェリークさんは来るなり、私達に車に乗るように合図をしてくれた。 私は恐縮しながら乗り込んだけれど、アリオスお兄ちゃんはどこか不機嫌そうだった。 リムジンの中は、会場に来る時とは違い、重苦しい雰囲気を醸し出している。正直言って、息苦しかった。 アリオスお兄ちゃんもアンジェリークさんも何も話さない。間にいる私なんか当然何も言えずに、ただ黙っていることしか出来なかった。 結局、私たちは特に何も話すこともなく、アンジェリークさんのマンションに着いてしまった。 豪奢な億ションと呼ばれる類のマンションだ。 「こちらよ」 しゃきしゃきとしたアンジェリークさんは、私たちを自室に案内してくれた。 エレベーターで最上階に行く間も私たちは特に何も話さなかった。 「どうぞ」 「お邪魔します」 私は恐縮しながら中に入り、アリオスお兄ちゃんは堂々とそれに続いた。 部屋に入ると、高級品が沢山使われていて、とても豪華だとは思ったけれども、その反面無機質な感じもした。 冷たいがらんとした空間。そこには愛のかけらも感じられず、あるのは虚しい空間だけ。部屋には寂しさすら漂っていて、私は哀しくなってしまった。 女優としての大成功と引き換えに、この女性は色々なものを失って来たのが解る。 我が子であるアリオスお兄ちゃんですらも…。 そう思うと、本当に私は泣きそうになってしまった。 「ベランダに出てご覧なさい。真夏には珍しく、風が凄く気持ちが良いから…」 「はい」 私は言われるままにベランダに出て、アリオスお兄ちゃんもそれに着いて来てくれる。 ベランダからは本当に美しい夜景が見られて、私ははしゃぐ。 遠くに見える都心の風景は、確かに美しかった。 「飲み物はどうする? アンジェリークちゃんはグレープフルーツのジュースでいいわね?」 「はい、有り難うございます」 「…アリオス、あなたは…」 「あなたと同じで良いです」 アリオスお兄ちゃんの言葉に、一瞬、アンジェリークさんが笑ったような気がした。 私とアリオスお兄ちゃんは風に吹かれながら、アンジェリークさんを待つ。 「凄いマンションね」 「大女優だからな」 「そうね」 風を吹かれていると、アンジェリークさんが飲み物を持ってきてくれる。アリオスお兄ちゃんとアンジェリークさんは真っ赤なワインだった。血の色思い出させる。 「どうぞ」 「どうも」 私はアンジェリークさんから飲み物を受け取ったが、自分が凄く子供扱いされているみたいで、何だか嫌な気分になった。 アンジェリークさんはアリオスお兄ちゃんにはワインを渡し、悦に入る。 「何だか赤いワインを飲むのは、同じ血を分け合っているようね…」 感慨深げに言うアンジェリークさんを見れば、アリオスお兄ちゃんが我が子だと認めているようにすら見える。 それに答えるように、アリオスお兄ちゃんはふっと笑う。 「だってそうだろ? 俺にはあんたの血が流れているんだから…」 アリオスお兄ちゃんが禁断の封印を解いた時、私は胸が刺されたと感じるほど、痛くて衝撃があった。 一瞬、アンジェリークさんの瞳が激しく揺らぐ。 私は全身がぶるぶると震え、泣きそうになりながらお兄ちゃんとアンジェリークさんを見つめた。 動揺するクールな瞳と、冷徹なクールな瞳。本当に良く似ている。 やはり母息子だと言うことを、私は改めて感じた。 アンジェリークさんは黙っている。きっとアリオスお兄ちゃんの眼差しを見れば、黙っているしかないだろう。だが、それだけでは済まないはずだ。 「それが…何かあるのかしら?」 全ての母親としての感情を押し殺し、アンジェリークさんは表情を冷酷で艶のあるものにする。流石は、演技派な大女優なだけはある。 私は今、最上級の舞台を見ている気分だった。出演者はアリオスお兄ちゃんとアンジェリークさん。 アリオスお兄ちゃんは赤ワインを見つめると、それを一気に飲み干した。 「僅か十六で子供を産んだ気分は…?」 アリオスお兄ちゃんの声は感情がなく、眼差しもまっすぐとアンジェリークさんに向けている。迷いはないが、心に波が立っているような気がすり。 アンジェリークさんも微かに笑うと、視線をワイングラスに落とす。 ワインを飲み干し一息つくと、アンジェリークさんはアリオスお兄ちゃんを真っ直ぐに見つめた。 「……産みたかったからよ…」 アンジェリークさんはただそれだけを言うと、煙草に火をつけて吸い始めた。 「…有り難う。あんたは一番欲しい言葉をくれた」 アリオスお兄ちゃんがそれだけを言うと、アンジェリークさんは口角を上げて笑った。 「あんたから、それだけ聞けただけで満足だ」 アリオスお兄ちゃんは言いながら、私の手を握り締める。 「じゃあ失礼します」 「…またね」 手を振るアンジェリークさんに後ろ髪を引かれる思いをしながら、私とアリオスお兄ちゃんは部屋の外へと出た。 |
| コメント アリコレ兄妹ものです。 まだ佳境までには時間がかかりそうですが、宜しくお願いします。 |