とらわれの姫君

18


 アリオスお兄ちゃんは直ぐに救急車を呼んでくれ、すぐにルヴァおばあちゃんを乗せて病院に向かった。
「うー! やっぱり、オスカーの華麗な腰の動きを真似するのはダメだったみたいだねぇ。ああいう風に腰をくいっ…ういっ!!!」
 ルヴァおばあちゃんは腰が痛いことを忘れたのか、ついつい腰をサンバリズムを奏でている。痛みが急にきて、カクカクとしていた。
「ばあちゃん…、懲りねえな…」
 アリオスお兄ちゃんは呆れているようで、着いていながらも溜め息をついていた。
「おばあちゃん、大丈夫?」
「大丈夫だよ……。アリオスが手を握ってくれたら治るよ」
「…だって、お兄ちゃん」
 私がにしゃらと笑うと、アリオスお兄ちゃんは眉根を寄せて不機嫌そうにおばあちゃんの手を握り締めた。…思い切り。
「えぎゃあ!」
 ルヴァおばあちゃんはかなりの大きな声を上げている。痛そうだ。
「アリオスっ! あんたは”ババア孝行”という言葉を知らないねかいっ!」
「言われたままにしただけだろう。治ったか?」
「治らんわい!」
 ルヴァおばあちゃんとアリオスお兄ちゃんってホントに良いコンビだ。私を和ませてくれる。
どれだけアリオスお兄ちゃんが力を入れて手を握ったのか、想像すると何だか笑えた。
「救急救命士さんや! 老人虐待じゃ!」
 ルヴァおばあちゃんの訴えには、誰も耳を貸さない。苦笑いするだけだ。
「ばあちゃん、頑張れよな! 俺がついてるぜ!」
 若手の救急救命士がおばあちゃんに親身になって話しかけるので、はっきり言って、ルヴァおばあちゃんは喜んでいる。
「孫たちはこんなんだけど、あんたは可愛いわい。ったく…」
 私達はみんなで顔を見合わせて笑うしかなかった。救急車の中は、立てないような深刻な怪我人がいるとは思えない。かなり騒がしい。
「もうすぐ病院だからな! しっかりしろ!」
 おばあちゃんをしっかりと診ているのは、若手の救急救命士ぐらいで、私達はおばあちゃんの状態を楽観していた。
 救急車が病院に横付けされ、おばあちゃんは担架からストレッチャーに乗せ代えられる。
 それを見守っていたのは、白衣の眉目麗しい外科医の王子様だった。
「レディ、もう大丈夫ですからね。私が来たらもう安心です」
 白衣の王子様はふっと自分に酔いしれているような笑みを浮かべながら、ストレッチャーを看護婦さんと共に引いていく。
「ああ…、王子様が私の診察を担当してくれるなんて、何てラッキーなんだろうねぇ…」
 しみじみと呟くおばあちゃんに、私とアリオスお兄ちゃんは苦笑しながら着いていった。
 直ぐにルヴァおばあちゃんは診察室に運ばれて、自称白衣の王子様(笑)に診察してもらう。
 診察台におばあちゃんが乗った後、先生は私に名刺を差し出してくれた。
「私はスモルニィ大学附属病院の外科医、フランシスと申します。宜しくお願いしますね、レディ」
 ニッコリと艶のある微笑みを浮かべられて、私は一瞬ドキリとした。
 甘い微笑みというのは、時にはとろけそうになるものだ。だけど、横にいたアリオスお兄ちゃんはとても不機嫌だった。
「フラメンコ先生ですか?お世話になります」
 おばあちゃんが屈託なく言うと、フランシス先生はニッコリとおばあちゃんの手を握って微笑む。
「”フランシス”ですよ。レディ」
「フランシス先生ですか」
 先ほどまで、オスカーサンバを踊り狂っていたルヴァおばあちゃんは、掌を返すかのように、フランシス先生に夢中だ。
 しかし…。私は辺りを見回す。周りにはかなりの女性看護士さんがいて、おばあちゃんの怪我にそれだけの人数が必要なのかと思ってしまう。
 フランシス先生は直ぐにおばあちゃんの問診を始めて、症状を見極めていく。恐らくただのギックリ腰だと思うけれども。
「そうですね。レントゲンを撮って、後日MRIを撮りましょうか。そのほうが確実に解るでしょう。どのみち、暫く動けないでしょうから、入院が必要ですね」
 淡々と話しをしながらも、フランシス先生は私を艶のある眼差しで見てくる。誰にでも同じ態度なのは解るけれども、ほんの少しドキドキしてしまう。
「レディ、レントゲンを撮った後に診察結果をお話ししましょう」
「あ、有り難うございます」
 フランシス先生は完全にアリオスお兄ちゃんは無視するように、私に全容を語ってくる。そのせいかアリオスお兄ちゃんの怒りは相当なものだった。
「じゃあ、直ぐにレントゲン室に」
 フランシス先生が指示をすると、女性看護士がルヴァおばあちゃんを取り囲む。夜勤看護士がそこに総て揃っているかと思うほどの量だ。
 全員がフランシス先生の後に着いてレントゲン室に向かう。
「白い巨塔みてえ」
「うん」
 ぞろぞろとフランシス先生の大名行列の後に、私達はゆっくりと着いていく。何だか変な気分だ。
 私は思わずフランシス先生に聞いてみた。
「看護士さん、随分多いんですね」
「ええ。殆どは私のプライベートナースなレディたちです」
 ニコリと微笑むフランシス先生とは裏腹に、私とアリオスお兄ちゃんは渇いた笑いを浮かべることしか出来なかった。
 ルヴァおばあちゃんは、レントゲン技師さんが素敵だったこともあって、大人しくレントゲンを撮ってもらい、診察室に戻った。また あの大名行列の一行に加わるのは、凄く恥ずかしくてたまらなかったけれども。
 直ぐにレントゲンが運ばれて来たので、レントゲン台に上げて、フランシス先生はいかにもしかめつらで見つめる。
「椎間板ヘルニアですね」
「椎間板ヘルニア?」
 私が復唱すると、フランシス先生はニッコリと笑って私を見た。
「ギックリ腰ですよ。平たく言えばね。まぁ、少し酷いけれど」
「やっぱり」
 私は少しホッとして、胸を撫で下ろす。重病でなくて良かったと思う。
「ですが暫く入院、場合によっては手術の可能性もございますから」
 フランシス先生は優美な微笑みを浮かべながらも、きつい話をする。
 聞いたことのある病名だったのである程度安心していたのに、実は手術が必要な深刻なものだなんて知らなかった。私は深く落ち込む。
「悪いんですか?」
「手術は最悪のケースですから、気を落とさずに。暫くは入院してもらって、様子を見るしかないですねえ」
 フランシス先生は完全にアリオスお兄ちゃんは無視で、私を中心に話し掛ける。それが可笑しくて笑うと、アリオスお兄ちゃんに睨まれてしまった。
「しかし、レディ、あなたはどうして腰の怪我をされたのですか?」
 フランシス先生がルヴァおばあちゃんに優しく問い掛けると、おばあちゃんは少し笑った。
「オスカーサンバを踊っていたら、腰をくいっとやるところで、ねぇ…!」
「オスカーサンバですか。レディの腰には少し刺激が強すぎたかもしれないですね。ゆっくりと養生なさった後は、社交ダンスはいかがですか? 運動にもなりますし、私も相手になりますし…」
 私はちらりと横で車椅子に乗っているおばあちゃんを見ると、すっかりときめいて乙女のようになっていた。
 きっと次は社交ダンスにこり出すのに決まっている。
「腰のリハビリにはいいでしょうから、是非」
 先生の優しくて甘い言葉に、おばあちゃんはすっかりその気になってしまっている。私は、苦笑するしかなかった。
「とにかく今日から入院になりますから、簡単な準備をしてあげてください」
「はい、解りました」
 車椅子に乗ったおばあちゃんを看護士軍団と共に病室に送り届ける。
 色々あるからと、アリオスお兄ちゃんは病室は個室を選択をして、手続きをしてくれた。
 嫌がるおばあちゃんを病室に残して、私達は近くのコンビニで取りあえず必要な物を買いに行く。
 緊急入院なので、病院のパジャマを借りてやり過ごし、明日の朝に買い物に行って準備することにする。
 コンビニでは、おばあちゃんの必要とする物を買い揃えた後、アリオスお兄ちゃんは私にソフトクリームを買ってくれた。甘くて脂肪分がたっぷりで濃厚な味がする。
 私は嬉しくて、一生懸命舐める。本当に美味しくて、するすると食べた。
「美味しい! アリオスお兄ちゃん有り難う!」
「喉が渇いていたからちょうど良かった」
 こうして病院までの道程をアリオスお兄ちゃんと歩いていると、疲れが癒される。今日は本当に色々とあり過ぎて、今ようやくホッとした。
「アンジェ、今日は疲れたな…」
 アリオスお兄ちゃんはしみじみと言う。私も賛成とばかりに頷いた。
「こうしてると、今日起こったことが夢みてえだ」
「そうね」
「アンジェ、癒してやろうか?」
 アリオスお兄ちゃんは甘く微笑むと、私の肩をそっと引き寄せる。官能な仕草に私はドキリとした。
「サンキュな」
 アリオスお兄ちゃんの唇がゆっくりと重なる。
 甘くて、ちょっぴりソフトクリームの味がした。
コメント

アリコレ兄妹ものです。
まだ佳境までには時間がかかりそうですが、宜しくお願いします。

おばあちゃん、担当医フランシス。
予想通りか(笑)

椎間板ヘルニアと言えば、「Livinng In a Helnia」を想い出す(笑)




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