とらわれの姫君

19


 翌日、私とお母さんとでルヴァおばあちゃんの入院準備をした。
 口紅を買ってこいと言っていたのは、きっとフランシス先生の影響じゃないかと思う。年甲斐もなく朱いルージュ。
 おばあちゃんのターバンコレクションを一部持って行くせいもあって、結構な数になる。
 お母さんと半日がかりで用意をしたのに、おばあちゃんたら文句を言いながら、発掘ゲームをしていた。
 寂しいのかなと思う。
 突然の入院生活で、話し相手はいないし、きっとフランシス先生と話し込む以外には何もないからなんだと思う。
 お母さんがそんなおばあちゃんが不憫だと、病室に今夜は泊まると言っていた。
 夏休みが取れたからエルンストお兄ちゃんはレイチェルと研修目的とは名目の旅行に出ているし、レオナードお兄ちゃんは、今日から泊まり込みの作業、アリオスお兄ちゃんも仕事だ。
 ひとりか…。
 戸締まりを完璧に三度見回ってからして、夕食を作る。ひとりだからこれぐらいはしなければならない。
 味気ない夕食だ。
 いつもはワイワイと楽しくやっているのに、一人しかいないなんて。
 軽く食べ終わった後は、本当にテレビがお友達で、ぼんやりと見ていると、雨が降り出した。
 激しい夏の夕立。
 早く上がるけれども、えてして、雷を伴うことが多い。
 私はじっと窓から空を見ながら、空が稲光したことに恐怖を覚えた。
「うわぁっ!」
 思わず声を上げてしまう。私は昔から雷は苦手で、アリオスお兄ちゃんによくしがみついていた。そんな私をからかうのがレオナードお兄ちゃんで、エルンストお兄ちゃんは、私が怖がらないようにと、雷の仕組みをよく教えてくれた。
 とても懐かしくて、甘い想い出だ。
 今日は誰もいないから、私を紛らわせてはくれない。
 思わずアリオスお兄ちゃんの部屋に駆け上がると、薄い布団を一枚取って、リビングに戻った。それに包まっていればアリオスお兄ちゃんが傍に居てくれるような気分になれたから。
「うわぁんっ!」
 また稲光がして、私は布団にしがみついた。恐くてしょうがない。
 夕立だからすぐに止むと言い聞かせながらも、躰の震えを抑えることが出来なかった。
 ふと、玄関に物音がする。鍵を開けるようながさついた音に、私は恐怖を感じて、体を硬くする。
 ゆっくりゆっくり玄関に出て、確かめに行くことにした。片手には勿論、箒を持参だ。
 玄関に出ると、私は人影にビクリとし、心臓が竦み上がるのを感じた。
「……いやあっ!」
 箒を振り回そうとすると、ぴたりと止められる。
「ったく、物騒なもんを振り回すのは止めやがれ」
 聞き慣れた大好きな声に顔を上げると、アリオスお兄ちゃんだった。
「…アリオスお兄ちゃん…」
「おまえのことだから、きっと大騒ぎをしていると思ってな。仕事切り上げて帰って来た」
 アリオスお兄ちゃんは私に僅かに優しい笑みを浮かべてくれる。
 …神様、有り難う。
 私は、アリオスお兄ちゃんの優しさに余りにも感激をしてしまって、思わず抱き着いてしまった。
 それをお兄ちゃんはしっかりと抱き留めてくれると、甘いキスをくれた。
 お互いに兄妹じゃないと解ってから、キスの数が増えてない? それはとても幸せなことだけれども。
 触れるだけの羽根のようなキスを繰り返し受けながら、私はゆっくりと落ち着いてくるのが解る。アリオスお兄ちゃんの威力は本 当に絶大だ。私を癒してくれる。
「こんなに妹優先で甘かったら、皆、凄くシスコンだって思っているよ?」
「良いんだよ、んなことは」
 アリオスお兄ちゃんはもう一度キスをしてくれた後、私をリビングに連れていってくれた。
「腹減ったな。何かあったら作ってくれよ」
「うん、適当にね」
「適当は嫌だぜ」
「じゃあ半分真剣」
 私はすっかりご機嫌を宜しくして、アリオスお兄ちゃんに布団を押し付けてからキッチンに入った。何だかご機嫌な気分だ。
 アリオスお兄ちゃんには、めんたい高菜ジャコ炒飯、茸たっぷりのスープ、野菜と生ハムのサラダを作る。
 自分だけだと適当に手を抜いてしまうと言うのに、アリオスお兄ちゃんが相手だと、しっかりと作ろうと思ってしまう。
 愛の差? かな。
 私は夕食をアリオスお兄ちゃんに出した後、向かい側に座って、じっと様子を見る。
 ひとりじめすることが凄く嬉しい。
「今日は有り難う。凄く嬉しい。アリオスお兄ちゃんが帰って来てくれて。ひとりぼっちだったらどうしようかと想っていたぐらいだから」
「兄山羊は妹山羊を守るのが当然だからな」
「私なら、きっと時計の中で隠れていたわ」
「腕に小麦粉をふりかけた狼が来たとしても?」
 アリオスお兄ちゃんが意味深に見つめてくるものだから、私はときめいてしまい、ドキドキした。
「間違えないわ、大丈夫」
 私がニッコリと笑うと、アリオスお兄ちゃんは頬に手を延ばしてくる。ドキドキした。
「実はお兄ちゃん山羊と信じていたものが”狼”であっても?」
 唇を指先でなぞられて、私は甘い痺れに瞳を閉じた。きっとどんなスウィーツよりも甘い。
 アリオスお兄ちゃんが与えてくれるものは総て…。
「…誘うなよ」
「誘ってなんか…」
 私が反論したって、アリオスお兄ちゃんに効くはずもないけれども。
「悪い山羊だな。この俺を惑わすなんてな」
「…やん…」
 触れた唇は、いつもよりも感じてドキドキとした。
 唇が離れてからも、まだ真っ赤な顔をしてドキドキとしている私に、アリオスお兄ちゃんはからかうような笑みを浮かべている。
 恥ずかしい…。
 ホントに恥ずかしくてしょうがない…。
 いつの間にか、雨は止んでいた…。

 夕食の片付けをした後、リビングでのんびりとするわけでもなく、アリオスお兄ちゃんはさっさとシャワーを浴びに行ってしまった。
 私はまたひとりだったが、さっきよりは寂しくなかった。
 シャワーを浴びた後も、アリオスお兄ちゃんは戻って来ない。ひとりでテレビを見るのもつまらないので、私もシャワーを浴びて、宿題をすることにした。
 学生の領分は勉強なので、取りあえずは宿題をする。
 だけどやっぱり寂しい。
 私は宿題を持って、アリオスお兄ちゃんをテレビ鑑賞を誘いにいった。
「アリオスお兄ちゃん、テレビ見ようよ」
「いい。あんまし寝てねえから、寝る」
「そっか…」
 アリオスお兄ちゃんの素っ気ない言葉に、私は少し残念な気分になってしゅんとする。
「アンジェ、一緒に寝るか?」
 唐突にアリオスお兄ちゃんが言ってきたものだから、私は驚くのと同時に真っ赤になる。
 ドキドキが襲って来て、どうしようもなかった。
「…あ、それはまずいかと…」
「まずくねえよ」
 アリオスお兄ちゃんはきっぱりと言い、艶やかな瞳で私を見つめてくる。そんなセクシィな眼差しで見つめられたら、抗うことなんて出来ない。
「俺はアンジェと一緒に寝たいんだよ」
 アリオスお兄ちゃんには珍しくストレートに言われて、私は心をぐっと掴まれるのを感じた。
「あ…、宿題が終わるまでなら…」
 私はしどろもどろに返答した後、アリオスお兄ちゃんにはにかみながらも頷いた。
「準備してくるね」
「ああ」
 私は自分の部屋にすぐに戻り、寝る準備だけを整える。いつものように、ぶかぶかのアリオスお兄ちゃんのパジャマを着て。
 着替えてドキドキしながらアリオスお兄ちゃんの部屋に入ると、お兄ちゃんは「来いよ」と言って、ベッドの上掛けを上げた。
 上半身があらわになっていて、そんなことをされると、私は本気で胸の高まりを感じた。
「…お邪魔します」
 私が恥ずかしがりながらベッドの中に入ると、アリオスお兄ちゃんはイキナリ抱きしめて来た。
「きゃんっ!」
「捕まえたぜ、アンジェ」
 ぎゅっと抱きしめられて、私は甘い切なさに喘ぐ。アリオスお兄ちゃんは、”お兄ちゃん”ではなく、立派な”男”だった。
「なぁ、恐いこと教えてやろうか?」
「何?」
 アリオスお兄ちゃんは笑うなり、私に思い切りキスをしてくる。
 舌を絡ませてくるキスは、確実に私から理性を奪っていく。
 呼吸も思考も、総てアリオスお兄ちゃんに奪われ、支配された。躰の奥がどうしようもなく熱い。
 ようやく、唇を離されて、私が激しく呼吸を整えると、アリオスお兄ちゃんは頬を撫でて来た。
「…俺は一度だっておまえを妹だって想ったことはねえさ…」
「え!?」
 私は一瞬耳を疑う。
「ずっと、女だと思って触れて来た…。唇に触れる時も、こうやって抱きしめる時も、ずっとな…」
 アリオスお兄ちゃんは、私のあらゆる部分をなぞりながら甘く囁いてくれる。私は背中がぞくぞくしていた。
「昔さ、ばあちゃんにおまえにキスするのを見られてさ」
「いつ?」
「おまえが中学生ぐらいの時。おまえは寝てた…」
「あ…」
 私はあのオーロラ姫の夢はリアルでないと思っていたけど、あれがリアルなことだったなんて…。
 嬉しくて信じられなくて、私はアリオスお兄ちゃんの顔を見たが、少し照れ臭そうにしていた。
「夢だと思ってた…」
 躰を震わせながら、私は感慨深く頷く。嬉しくて、少しだけ感動して、心までが震えていた。
「ばあちゃんはさ、俺を見るなり言ったんだ。”やるよ、あんたにならアンジェを。良かったねぇ、血が繋がっていなくって”ってな。俺は戸籍を見たから知ってたけれど、ばあちゃんの言葉は、正直、嬉しかった。。ばあちゃんは、俺が可愛かったから、アンジェのお婿にする為に養子にしたんだ”って言ってたぜ」
 これには私も笑わずにはいられない。
「おばあちゃんらしい」
「だな」
 アリオスお兄ちゃんは甘く笑うと再び、笑い掛けてくる。
 途端にアリオスお兄ちゃんは私を組み敷くと、深いキスをしてくる。
 甘さしか感じない。
 私はこのまま溺れていく。
コメント

アリコレ兄妹ものです。
まだ佳境までには時間がかかりそうですが、宜しくお願いします。





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