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私は耳を疑った。 まさか、アリオスお兄ちゃんとエンジュが実の兄妹!? 私は、アリオスお兄ちゃんとエンジュを代わるがわるに見つめる。 同時に以前、エンジュがアリオスお兄ちゃんのことを「お兄さんみたいなひと」と言っていたのを思い出す。 「…アリオスさんと、私が…」 エンジュは震え、レオナードお兄ちゃんがしっかりと支えている。 「…アリオスお兄ちゃん…、養子なんだ…」 私はポツリとエンジュに問い掛けるように呟く。 私だってショックだった。 アリオスお兄ちゃんと血が繋がらないのは知っていたけれど、まさかエンジュとアリオスお兄ちゃんが血の分け合った兄妹だなんて…。 全く頭がくらくらする。 アリオスお兄ちゃんは、本当にアンジェリークさんのところにいってしまうんだろうか。 ショックの渦に、私達がぼんやりとしていると、ヒールが地面を蹴る音を感じた。 「じゃあ考えておいてね」 アンジェリークさんが艶やかな声で言った後、颯爽と立ち去る。 それでも私達は動けなかった。 感情が上手くコントール出来ずに泣けてくる。 エンジュは完全に泣き出して、レオナードお兄ちゃんがそれを支えている。 エンジュの複雑な感情を想うだけで、私は泣けて来てしまった。 折角綺麗にメイクをしてもらったのに、それがすっかりと台なしになってしまっている。 私もエンジュも。 「おまえら、立ち聞きは良くねえだろう」 アリオスお兄ちゃんがかなり険しい表情で私たちを見つめて、近付いてくる。 私は、切れるように哀しげなアリオスお兄ちゃんの不機嫌な眼差しが恐くて、少しだけ後ずさる。 「…アリオスさん…」 消えるようなエンジュの声に、アリオスお兄ちゃんは厳しい表情を幾分か緩めた。 「…アリオスさんは…、私が妹だって…気付いていた?」 「確信はなかったが、薄々な…」 「アンジェリークの息子であることは、知っていたんだ…」 「ああ」 アリオスお兄ちゃんとエンジュの一問一答が痛々しく、私は泣きそうになっていた。 エンジュのショックは計り知れない。 ふたりを見つめながら、私は大声で泣き出してしまいそうな衝動に駆られた。 「少し落ち着こうか、な、エンジュ」 エンジュを支えていたレオナードお兄ちゃんが、更に包み込むように肩を掴み、柔らかな声で話している。 「…ん、うん…」 ここはやはりレオナードお兄ちゃんに慰めて貰ったほうがいい。私が視線を送ると、レオナードお兄ちゃんは解ったとばかりに何度も頷いた。 レオナードお兄ちゃんに支えられるようにしてエンジュが行くと、アリオスお兄ちゃんがゆっくりと近付いて来た。 不機嫌なようにも見えるし、困惑しているようにも見える。 神経質にも長めの前髪をかきあげる仕種のアリオスお兄ちゃんを見る。 どこか辛そうだ。 「エンジュのことは、レオナードに任せておけば大丈夫だろう…」 「そうね…」 私もやはり”ショック”だったせいか、顔が硬直してしまって、上手く話すことが出来ない。 そんな私に気付いたのか、アリオスお兄ちゃんは私の頬に触れて来た。 触れてくれるアリオスお兄ちゃんの手は、いつもに比べてもかなり冷たいような気がした。 だがそれはアリオスお兄ちゃんの手には間違いなく、私を甘さと安堵な感情に導く。 「…行こうぜ。今日の撮影は中止だな」 「…うん」 私達はどちらからともなく自然に、指と指を絡ませて手を繋いだ。 「…アリオスお兄ちゃん…」 「何だ?」 「エンジュが妹だっていつから勘づいていたの?」 「世間話をするうちにな」 アリオスお兄ちゃんはまるで何でもないことのように言う。やはりこんなところは、大人の男性だと思う。 「エンジュがね…、実の妹じゃなかったら、惹かれていた?」 とても言いにくいことだが、心の中にある私の嫉妬が、そう言わせていた。 「…きっぱりと”惹かれない”と言ったら嘘になるかもしれねえがな」 アリオスお兄ちゃんはストレートにはっきりと物を言う。 ごにょごにょと訳の解らない言葉ではぐらかされるよりはよほどいいけれども、やはりストレート過ぎるのも傷つく複雑な乙女心。 全く、勝手だというのは、まさにこのことだ。 「…だがな。俺は、おまえが妹だろうとなかろうと、一番におまえに惹かれることはきっぱりと言い切られる。出会っていたのが、遅くても早くても、俺はおまえに一番惹かれると言い切られる」 アリオスお兄ちゃんの言葉が心に染み込んでくる。 どんな状況であっても、きっと私を探し出して、愛してくれる。 ひしひしと私はそれを感じ、とても幸福だった。 「…アンジェ、おまえはどうなんだよ? ちゃんと俺を見つけだしてくれるか?」 いつものアリオスお兄ちゃんらしくない、シリアスモードだ。でも、こんなアリオスお兄ちゃんも悪くないと思う。 「探し出すわ、必ず。必ずアリオスお兄ちゃんを探し出して、私を愛してくれるようにいっぱいいっぱい働きかけるの。そして、アリオスお兄ちゃんに愛して貰えるぐらいに、私もアリオスお兄ちゃんを愛するの!」 私が一生懸命得意げに言うと、アリオスお兄ちゃんは更にご機嫌になり、やんわりと珍しくも笑ってくれた。 「サンキュ。きっと俺も直ぐにおまえに気付いちまうだろうな。一生懸命な子だぬきの愛しかたに。すぐに気付いて、俺も負けないように愛するようになる。誰にも構う時間なんて、ありはしないだろうな」 アリオスお兄ちゃんが絡める指が熱と力を漲らせて、私を包み込んでくれる。温かくて、私の気持ちは落ち着いて来た。 「子だぬきは余計よ!」 少し拗ねると、アリオスお兄ちゃんはいつものように楽しげに笑った。 「心配するな。おまえがさ、砂に埋もれた砂金だって、俺は捜す自信があるからな」 アリオスお兄ちゃんはらしくない、ペーパーバックのロマンス小説のヒーローのような台詞を言うものだから、私は思わず笑ってしまっていた。 「らしくねえか?」 「らしくない、らしくない」 「おまえが読んでいるロマンス小説のヒーローの台詞を、借り倒しただけなんだけどな。お気に召しませんでしたか? お姫様には」 「うん! 半分だけ合格」 私はアリオスお兄ちゃんに笑顔を向けてしっかりと頷く。少し罰の悪い顔をするアリオスお兄ちゃんの表情が凄く可笑しかったけれど。 「どこにいても、どんなことがあっても、私はアリオスお兄ちゃんを捜すから」 「ああ。探してくれよ、待っているぜ」 私はアリオスお兄ちゃんの顔を見て、不意に笑顔を引っ込める。 先程のアンジェリークさんとのやり取りを思い出したからだ。 「アリオスお兄ちゃん…、行っちゃうの?」 「何処に? おまえ相手じゃ、どこででもイケるぜ」 アリオスお兄ちゃんはまた直ぐにはぐらかす。私は口を尖らせた。 わざとだというのは解っている。 「そんなんじゃない。えっち!」 「おまえな、もう少し恥じらいを持てよ。このアリオス様の女なんだからな」 アリオスお兄ちゃんはいつもストレート。余りにもダイレクト過ぎるお言葉に、私は胸がときめきの余りに走り出してしまうかと想った。 「…あ、アリオスお兄ちゃん…、私でいいの…? 私がアリオスお兄ちゃんの女でいいの?」 まるでお盆とお正月が一緒にきたような煌めきに、私はしどろもどろでアリオスお兄ちゃんに話した。 「おまえがいいに決まっているだろうが。だったら何か? おまえは俺の女より、このまま妹でいたいのか?」 そんなの嫌に決まっている。私は頭をぶんぶん横に振った。 「アリオスお兄ちゃんの女の方がいい…」 「よろしい」 アリオスお兄ちゃんは、天下を席巻するミュージシャンアリオスとは、また違った私だけに見せる笑顔で、答えてくれた。 「…だって、私はアリオスお兄ちゃんをずっと異性として見て来たんだもん…」 素直に自分の気持ちを告げると、アリオスお兄ちゃんは甘くキスをくれる。何度も軽くキスをした後に、私達は深いキスをした。 キスってとても素敵。だって唇を合わせるだけで、言葉なんていらないもの。私達だけが解る”会話”で、愛を確かめあえるから。 「…ねぇ、アリオスお兄ちゃん、ホントにどこにも行かない?」 キスしたことで、アリオスお兄ちゃんの愛情はたっぷり感じる。だけどもう一言が私には必要だ。 「ねぇ、アンジェリークさんのところには行かない?」 私はまるで子供のように念を押してきいてみた。瞳はねだるように自然と潤んでしまう。 「…俺はアンジェリークのファンだからな」 アリオスお兄ちゃんのきっぱりとした言葉は、私を不安にさせる。私は泣きそうになりながら、アリオスお兄ちゃんを見た。 「行っちゃうの?」 言った瞬間、アリオスお兄ちゃんは私を強く抱きしめてきた。 「バーカ、俺がファンなのは、目の前にいる、栗饅頭にそっくりなアンジェリークだよ」 「あ…」 ロマンス小説みたいに甘くはないけれども、私の心を充分に蕩かせてくれる。アリオス流の甘い言葉。 「気付かなかったのかよ? 相変わらずバカでボケてるな」 アリオスお兄ちゃんはかなり嬉しそうに私をからかっている。 「ボケでバカとは何よ!」 私が癇癪を起こすと、アリオスお兄ちゃんは更に面白そうに笑う。 「何処にも行くかよ。おまえなんかひとりにしちまったら、ホントに危なっかしくてしょうがねえからな」 ぎゅっと抱きしめられて、私は安心する。 「おまえも”アリオスお兄ちゃん”は禁止。ちゃんと呼べよ、”アリオス”って」 そんなことを言われても、上手く言えない。私は改めて呼び付けにするのが恥ずかしくて、かなりドキドキした。 「ア、アリオス…」 声が上擦る。 「…お兄ちゃん…」 思わずいらないものを付けてしまう。 「ったく、いつになったらちゃんと呼べるんだよ」 悪態をつきながらアリオスお兄ちゃんがくれたキスは、目眩がするくらい甘かった。 |
| コメント アリオスさんとアンジェの恋は佳境です |