とらわれの姫君

24


 アリオスお兄ちゃんと私は、手を繋いで、一日を過ごすシティホテルに向かった。
 私達は、一応世間的には”兄妹”なので、堂々とすることが出来た。ただ手を繋ぐ行為は、曲がった考え方生むので止めたが。
 アリオスお兄ちゃんが過ごす場所に選んでくれたのは、素敵なホテルの可愛いスウィートルームだ。
 大きなシティホテルのように目立たない、私達にはお誂え向きの部屋。
「素敵!!」
 部屋を見るなり歓声を上げた私に、アリオスお兄ちゃんは満足そうに笑ってくれていた。
「凄いね! 夏休み最後の素晴らしい想い出になりそう!」
「宿題は済んだのかよ」
 幾分か意地の悪さが含まれた言葉を、アリオスお兄ちゃんが言うものだから、私はプイッと拗ねた。
「失礼ね! ちゃんと終わっています!」
「おまえには前科があるからな。ガキの頃、エルンスト兄貴や俺が、泣いているおまえの宿題を手伝ってやったよなあ。みんなで絵日記を描いたりしたな」
 アリオスお兄ちゃんは喉をくつくつ鳴らしながら、それはもう愉快そうに笑っている。
「子供の頃と一緒にしないで!」
「一緒にしてねえよ」
 アリオスお兄ちゃんは、私がドキリとすることを、普通の顔で言ってのける。それがクールで、でも私にはちょっぴり恥ずかしくて。
「アンジェ、時間は待ってはくれねえからな。有意義に過ごそうぜ?」
「…うん」
 背後からぎゅっと抱きしめられるのが好き。
 胸のドキドキと気持ちの良さが同居しているから。
「なぁ、仕事の後だし、さっとひとっぷろ浴びようぜ」
 まるでお風呂にしかけか楽しい催しがあるかのように、アリオスお兄ちゃんは言い、私を期待させる。
「行こうぜ」
「うん」
 アリオスお兄ちゃんとふたりで過ごす。
 男と女なのだからどのようになるかは明らかだ。
 私達は兄妹じゃない。
 ただの男と女だ。
 しかも愛し合った-----
 アリオスお兄ちゃんが連れていってくれたバスルームは、とてもロマンティックだった。
 最上階にあるせいか、立派なジャグジーバスと見晴らしの良い窓が付いている。
「ちゃんと外からは見えねえようになっているから、心配すんな」
 私の考えなんて全てお見通しのように、アリオスお兄ちゃんは言う。
「風呂に入ったら、ここでルームサービスを頼むからな。そのほうがいいだろう?」
「うん!」
 雰囲気の良いレストランも捨て難いけれども、私にはこうしてアリオスお兄ちゃんとふたりきりでいられる方が余程意味合いが大きい。
「夏休み最後だし、こうやってふたりてゆっくり過ごすのも、中々取れなくなるからな」
「うん…」
 夏休みが終わると、私も学校が始まって、今のようには頻繁にアリオスお兄ちゃんに会えなくなる。
 それはとても辛い。
 私の心内を読んだかのように、アリオスお兄ちゃんは背後から更に力を込める。
「…アンジェ」
 名前を呼んでくれた後、アリオスお兄ちゃんの腕の中でくるりと一回転させられ、私は向き合う恰好になる。艶の滲んだアリオスお兄ちゃんの笑みを独り占めが出来て、私はかなり幸福だった。
 くすりと笑ったのと同時に、アリオスお兄ちゃんの唇が降りてくる。
 いつも私が背伸びをするのではなく、アリオスお兄ちゃんが屈んでくれる。
 私は背伸びをすることもなく、いつでも私らしい高さでいられる。
 アリオスお兄ちゃんの目線が下がってくれるのが、子供の頃から好きだった。
 いつも意地悪ばかりを言い、年甲斐もなく私を困らせるくせに、いつも対等な目線で見てくれる。
 私が私でいられるように。素の私のままで、背伸びをせずにいられるように。
 アリオスお兄ちゃんがいつも視線を変えてくれた。
 キスをしてくれるのもいつもそう。
 私には最高に心地が良い男性。
 唇がいつもにも増してしっとりと私を支配するように絡んでくる。
 当たり前のように舌をするりと口腔内に侵入させて、私をたっぷりと慈しんでくれる。
 大好きなキス。
 誰にも渡したくなんかない。私だけが許された特権だもの。
 キスはいつもより激しくて、私はアリオスお兄ちゃんに、溢れる唾液を何度も舐めて貰う。烈しく吸い上げられて、私はくらくらせずにはいられなかった。
 ぷっくりと唇が腫れ上がるまでキスを受けて、少しだけそこがひりひりとした。
「メイクをしたおまえを、うちのスタッフがじろじろ見るものだから、全く、気が気でなかったぜ」
 アリオスお兄ちゃんは不機嫌に苛々しているようにも見える。
「…だって、アリオスお兄ちゃんに綺麗な私を見せたかっただけなのよ」
「ホント?」
「ホントにホント」
 私は本当にそれしかなかったのだから。
 するとアリオスお兄ちゃんは甘く笑い、私を誘惑してやまない笑みを浮かべてくれる。
「綺麗なおまえは好きだが、誰にも曝したくはねえな。世が世なら、俺はおまえを城の一室に閉じ込めて、絶対に出さねえけれどな」
「…アリオスお兄ちゃんみたいな王子様だったら、私はきっと大喜びだわ。好んで軟禁されちゃうわ」
 アリオスお兄ちゃんの独占欲の深さも、私には好ましい。
 だって私も同じぐらい、アリオスお兄ちゃんに対しての独占欲は持っているつもりだから。
 大好き。
「おまえを一生誰にも曝さない。だから俺はおまえを出さなかった…」
「みっともないからと、少し前の私なら思ったかもしれない…」
 アリオスお兄ちゃんの男性としての愛情を知らなかったら、きっとそうだっただろう。
 だけど、今はそれが独占欲で、私を愛してくれているからだと解っている。
「…時々、おまえはうざく思ってしまうかもしれねえだろうがな」
「そんなことはないよ!」
 私はきっぱり言った。にんまりとアリオスお兄ちゃんに向けて笑うと、高い鼻筋のところを舌で舐めた。
「私だって独占欲はたっぷりなんだから」
 私が笑うと、アリオスお兄ちゃんも笑ってくれる。少しばかりの色気を滲ませて。
「…誘惑上手くなったな」
「え!?」
 私が驚いていると、アリオスお兄ちゃんはワンピースに手をかけてきた。
「あ…、アリオスお兄ちゃん…」
「おまえはここがどこか忘れてしまったか? 服を脱がねえと入れない場所だぜ?」
 アリオスお兄ちゃんがにんまりと笑ったが、私は恥ずかしくてしょうがない。
「それともさ、昔おまえがレオナードや近所のガキと一緒に服のまま風呂に入ったのを再現するか?」
「意地悪!」
 私が口を尖らせて怒ると、アリオスお兄ちゃんは面白がってくつくつと笑う。
「だってあれはアリオスお兄ちゃんが”服を着て風呂に入ったら面白いぜ”なんて言うからよ!」
 アリオスお兄ちゃんはこれにも悪びれるどころか、楽しげに笑ってくる。
「それはそうさ。俺はおまえの肌を誰にも曝したくねえって、昔から独占欲満開だったんだからな」
 アリオスお兄ちゃんの甘い告白と同時に、耳たぶに熱い息がかかってくる。ぞくりとして私は身をよじらせた。
「…期待しているか?」
「意地悪っ!」
 私が耳まで真っ赤にさせると、アリオスお兄ちゃんは更に可笑しそうに笑った。
「さてと、俺も我慢出来ねえからな。一緒に風呂に入るぞ」

 夕方からこんなことをしてもいいのかと、どこか理性が囁いている。
 そんなことを無視するかのように、私達はお湯の中を漂う。
 アリオスお兄ちゃんに背後から包み込まれて、私は湯舟の中でゆらゆらとゆらめく。
 お湯とアリオスお兄ちゃんに包まれて、私はとことんまで幸福だった。
「…なぁ、アンジェ。好い加減に、”お兄ちゃん”は卒業しねえか?」
「…卒業って言われても…」
 17年間ずっと呼び続けていた名前なのに、そうおいそれとは変えることが出来ない。
「…難しい…」
 私はごねるように言った。
「難しくねえから」
 アリオスお兄ちゃんに言われたものの、私は中々言えなくて、口の中でゴニョゴニョしてしまう。
「”お兄ちゃん”を無くせば良いだけだろ? ほら、”アリオス”って呼んでみろよ」
「ア、アリオス…」
 ごもごもと私が言うものだから、アリオスお兄ちゃんは罰とばかりに、私の敏感なところを弄る。
「きゃあんっ!」
「嫌だったら、ちゃんと俺の名前を呼べ…」
「…でもお母さんとかがいる時はまずいんじゃ…」
「まずくねえ。俺は構わねえが、おまえが嫌なら、お袋たちの前では今まで通りにすればいい。ただし、俺の前では”アリオス”と呼べ」
 アリオスお兄ちゃんの唇を耳たぶを甘く噛まれて、私は息を乱した。
「ほら、言えよ。言ったらちゃんとご褒美をやるから」
「…アリオス…」
「もう一回…」
 アリオス…お兄ちゃんは、私の躰ラインを撫でながら何度も囁いてくれる。
 私は躰が熱くなって、息がばら色になった。
「…アリオス…」
「まだまだ」
「アリオス…っ!」
 何度か名前を呼ぶと、アリオスお兄ちゃんは嬉しそうに私を強く抱きしめてくれた。
「ご褒美をやらねえとな?」
「え、えっちなこと!?」
 半分焦っている私に、アリオスお兄ちゃんは喉を鳴らして笑う。
「そいつもあるがもっと素晴らしいことだぜ」

 結局、私達は流されるまま愛し合い、バスルームから出た後、緩やかな疲れの中で私は漂っていた。
 疲れ切って泥のように眠り、ようやく眠りから覚めた時、私は驚いた。
 左手の薬指に指輪が輝き、私に最高のご褒美が齎されたことを知る。
「大好きよ…アリオス」
 改めて愛を込めて、私は世界で一番好きな傍らで眠る男性の名前を呼んだ。
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アリオスさんとアンジェの恋は佳境です



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