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アリオスお兄ちゃんとのロマンス溢れた一日は、私の寝不足で幕を閉じた。 もう、夏休みもおしまい。 慌ただしかったこの夏休みだったが、私にとっては最高に記憶に残るものとなった。 「アンジェ、ホテルから出たら、ばあちゃんお見舞いに行くぜ」 「うん」 私はまだまだ寝足りなくて、下半身もかなりどんよりとした鈍い痛みに支配されている。 それでも痛みは幸福に違いなかった。 「ほら、とっととチェックアウトしちまうぜ?」 「ちょ、ちょっと待ってよ! アリオスお兄ちゃんは平気かもしれないけれど、私はちっとも平気じゃないんだから!」 誰のせいで上手く歩けなくなったのよ! 全くそう思う。 アリオスお兄ちゃんが今朝まであんなことやこんなことをするから! 「…だって上手く歩けないんだもの…」 恥を忍んで私が告白をすると、アリオスお兄ちゃんは楽しそうに喉を鳴らして笑う。 「でもおまえも気持ち良かっただろう?」 「もう! 何を言うのよ!」 アリオスお兄ちゃんは相変わらずストレートに物を言う。そこが好きなところでもあるけれども。 「俺は気持ちよかった、最高だったぜ。だったらおまえはどうなんだよ?」 「わ、私…?」 イキナリアリオスお兄ちゃんが私に話を振ってくるものだから、私は慌ててしまう。 「あ、私はその…!」 だって恥ずかしくてしょうがない。アリオスお兄ちゃんは全く乙女心を解ってはいないような気がする。 「愛し合ったんだから、おまえも俺と同じように気持ちが良くねえと男としては困るんだよ」 「私は困らない」 「俺が困る」 アリオスお兄ちゃんが濡れた艶のある眼差しで私を見て来た。その眼差しには、正直私は弱い。 しぶしぶ言うしかない。 「…った」 「何だよ、俺ははっきりと聞こえないぜ?」 全くアリオスお兄ちゃんは意地悪過ぎる。私をとことんまで追い詰めるのは、いつもアリオスお兄ちゃんだから。 「もう一度…アンジェ…」 アリオスお兄ちゃんの綺麗な指が私の頬を捕らえてくる。とても気持ちが良くて、私は思わず瞳を閉じた。 「ほら…」 「…私も、気持ちが良かった…」 とうとう言わされてしまった。本当は恥ずかしくて言いたくなかったが、アリオスお兄ちゃんの魔法に、私はまんまと引っ掛かってしまった。 私が素直に言うと、アリオスお兄ちゃんは嬉しそうに笑う。 少ししゃくにさわるけれど、その笑顔が余りにも可愛いらしかったから、私は許してしまっていた。 「やっぱりいっしょに気持ち良くならねえとな。愛し合った意味はない」 「うん」 アリオスお兄ちゃんが言うことは一々的を得ていて、私は頷くことしか出来ない。 「…昨日はおまえがすげえ可愛いかったからな、際限なくしちまったが、大丈夫か?」 「少し歩き難いけれど大丈夫よ」 「だったら良かったぜ」 アリオスお兄ちゃんは私の手を優しく取り、支えるようにして部屋から出てくれる。 嬉しいが、部屋の外を一歩出てしまえば、パパラッチが出てくるのだ。 「…アリオスお兄ちゃん、歩けるからさ、私…」 「遠慮するなよ」 「だって…」 私がアリオスお兄ちゃんを困ったように見つめれば、何を言いたいのかを解ってくれたようだった。 「大丈夫だと言いたいが、人目のあるところだと、おまえがかわいそうだからな。俺にとってはスキャンダルなんてへなんだけどな」 アリオスお兄ちゃんは薄く笑って、私から手を離してくれた。 私達は世間体には”兄妹”。血は繋がってはいないけれど、それは事実だ。一緒の建物から出てもおかしくはないが、明らかに手を繋いだり、腰を抱いたりすることは、かなりおかしい。 私は支えて欲しいことを飲み込んで、少しふらつく脚を自分で支えた。 エレベーターに乗り、ふたりきりになると、アリオスお兄ちゃんはそっと手を握り締めてくれた。 さりげない優しさが嬉しくて、私は涙が出そうだった。 チェックアウトの手続きも済み、私達は車でおばあちゃんが待つ病院に向かう。パワフルおばあちゃんのことだから、踊りぐらいは 踊っているのかもしれない。 「アンジェ、見舞いが済んだら、もう一箇所付き合って欲しい場所がある」 「うん」 私はまだこの時には、アリオスお兄ちゃんが何を言うのか、全く知らなかった。 病院は相変わらず白くて、薬の香りがした。 私達は、途中で買った、ルヴァおばあちゃんが大好きな塩煎餅を携えて見舞う。 「ばあちゃん、入るぞ」 アリオスお兄ちゃんと私がそっと病室に入ると…やっぱり。 ルヴァおばあちゃんは”オスカーサンバ”をベッドの上で巧みに踊っていた。 病室にはオスカーさんのポスターだらけだ。ここが病室かと見紛うぐらいの凄さだ。 「流石はばあさん」 アリオスお兄ちゃんも半ば感心すらしているようで、私も笑いが込み上げる。 「アリオス! アリオスじゃないか!!」 ルヴァおばあちゃんは私達の顔を見るなり、アリオスお兄ちゃんにだけ反応し、嬉しそうに抱き着く。 「逢いたかったよ〜! あーアリオスの匂いだ」 相変わらずルヴァおばあちゃんはアリオスお兄ちゃんの匂いフェチ。くんくんとまるで犬のように匂いをかいでいる。 「…アリオス、女の匂いがする」 「あ、アンジェの匂いじゃねえのか?」 アリオスお兄ちゃんは平然としているけれど、私には今日の情事が知られたのではないかと、気が気ではなかった。 「アンジェはこうもっとミルクみたいな匂いがするんだよ。アンジェ、来なさい」 「あ、うん…」 私はルヴァおばあちゃんのところにやる気なく行く。だってばれたら困るもの。これが私の不安には違いなかった。 「ちょいとね、調べたいことが」 ルヴァおばあちゃんは一瞬私を抱きしめると直ぐに離す。きっと何かを見つけてしまったのだ。 ルヴァおばあちゃんの眼差しがそう言っている。流石は考古学学者。探すのには馴れている。 「アリオスや、わしらの飲み物を買ってきておくれ。ゆっくりとな」 「ああ」 アリオスお兄ちゃんはちらりと私を見たが、特に助け舟はくれなかった。 アリオスお兄ちゃんが行ってしまった後、私はルヴァおばあちゃんとふたりだけで取り残される。 洞察力鋭く、大ボケだけれど長い人生を歩んできたおばあちゃんには、私の考えや行動を読むのは造作のないことだ。 「…アンジェ」 「は、はいっ!」 ただ名前を呼ばれるだけだと言うのに、私は襟を質してしまう。 「…いつかはこんな日が来るとは思っていたが…、アリオスと結ばれたのかい?」 ストレートではなく、大ボケルヴァおばあちゃんなりに言葉を選んだのだと思う。だけどダイレクト過ぎて、私は真っ赤になってしまう。 「あ、お、おばあちゃん…!」 うろたえる私に、おばあちゃんはにっこりと笑う。だが何処か厳しくもある。 「アリオスは独占欲が大きい男だからね。おまえの白い首筋にはいっぱいあいつの痕が刻まれているよ」 私は自分がなんて迂闊なんだろうかと、思わずにはいられなかった。 あんなに烈しくアリオスお兄ちゃんに愛されたというのに、スカーフとかで隠して来なかったなんて。 私はかなり悔やんだ。 あたふたと隠そうとしても、もう後の祭でしょうがない。 「…まあ、いいさ…。私の予想通りに、可愛い孫をアリオスが掻っ攫っていくんだからね」 ルヴァおばあちゃんは溜め息を吐くと、私をしみじみとした眼差しで見つめた。 「アンジェ、おまえのお婿さんにするために、アリオスを養子にしたんだからね」 おばあちゃんの優しい言葉に、私はゆっくりと頷く。アリオスお兄ちゃんのほうが先に産まれて養子になったのに、なんて矛盾はこの際どうでもいい。私はルヴァおばあちゃんの心根が嬉しかった。 「幸福かい、アンジェ?」 「うん、とっても!」 勿論、私は素直に自分の言葉を紡ぎ、ルヴァおばあちゃんに久しぶりに甘える。ほんのり遠い国のお香の香りがした。 「これで結婚式も三回で済むからね。貧乏な我が家には節約になるよ」 けけけとおばあちゃんは楽しそうに笑ったが、私はそれが妙に照れ臭かった。 小さな頃から、私の夢はアリオスお兄ちゃんのお嫁さんになることで、それが手の届くところにきたかもしれないと思うと、嬉しくてしょうがなかった。 「おい、俺はいつまで”いないふり”をすればいいんだ?」 艶のある粋な声が聞こえると同時に、アリオスお兄ちゃんが姿を現す。 「アリオス」 「何だよ」 ルヴァおばあちゃんは真摯な眼差しでアリオスお兄ちゃんを見つめる。 「アリオス。私の話は聴いたかい?」 「ああ」 「幸福にするんだよ」 ルヴァおばあちゃんは味のある声で言うと、齢を重ねた眼差しで私を見つめてくれる。 「解った」 アリオスお兄ちゃんはきっぱりと言い切り、私の腰を堂々と抱いてくれる。 「それを聴いて安心したよ。最初に私が認めてやるからね。あんたたちの仲は」 「有り難うおばあちゃん」 ルヴァおばあちゃんの優しい言葉が心に染み入る。私が一筋の涙を流すと、アリオスお兄ちゃんが指先で拭ってくれる。 とても素敵な瞬間に、私は心地良さを覚えていた。 |
| コメント アリオスさんとアンジェの恋は佳境です 早く完結させたいです。 |