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心に火がつけば、もう何も気にはならない。 私達はおばあちゃんのお見舞いの後、アリオスお兄ちゃんの話す場所に向かう。 ”連れていきたい場所がある”と言われて、私は楽しみ半分不安半分だ。 「何処に行くとか、昔みてえに色々ときかなくなったんだな」 「うん。そんなことを聞いても仕方がないもの。いつだってアリオスお兄ちゃんは素敵な場所に連れていってくれたから…歯医者以外はね」 私がくすりと笑うと、アリオスお兄ちゃんもまた昔に戻ったように笑う。 私達はこうしてずっとやっていければいいと思う。きっとずっとやっていけるはず。 「また、歯医者だっていったらどうなんだよ?」 「嫌だっ! ホントに!?」 歯医者に響き渡るタービンの音と、あのアルコールとJGの消毒臭い香りが嫌い。型を取るときの、でろでろとした感触も嫌いだ。 「ね、ホントに歯医者に連れていくの!? ねぇ!」 「サァナ、おまえが俺を、ちゃんと”アリオス”って呼ばねえ罰ゲームかな」 「止めてっ!」 私の過剰反応に、アリオスお兄ちゃんは喉を鳴らしてくつくつと笑っている。 だって本当に歯医者は嫌だもん。今更ながら凄く情けないけれど。 「歯医者なんかには連れて行かねえから。ただおまえがいつまで経っても、俺をちゃんと呼ばねえから、ちょっとからかっただけだ」 「…だって、ずっと”アリオスお兄ちゃん”って呼んできたのよ。今更変えるのは難しい…」 「変えろ」 アリオスお兄ちゃんはきっぱりと言い切り、私を見る。遵わなければならないような、ただならぬ雰囲気が何処かしら漂っている。 「どうして? 少しずつ馴れていってはいけないの?」 緩やかにシフトしていくほうがいい。だが私の言葉に、アリオスお兄ちゃんは首を振った。 「ダメだ。きちんと俺を名前で呼んでくれねえか? じゃねえと、俺達はいつまでたっても”兄妹”であるような気がして嫌なんだよ。 俺はずっとおまえを女として見て来た。もう、妹として甘えるおまえはいらねえ。おんなとして俺に甘えて欲しいんだよ」 「アリオスお兄ちゃん…」 「ダメだ。また言った」 「あ…」 車を運転中だと言うのに、アリオスお兄ちゃんはキスをしてくる。まるでペナルティを私の唇に刻み付けるかのように。 「アリオスお兄ちゃん! ちゃんと前を見てくれなくちゃ!」 「おまえが”アリオスお兄ちゃん”だなんて呼ぶからだぜ。おしおき」 運転中のアリオスお兄ちゃんの行為には、正直焦ってしまった。普通はそんなことはしないような。 「俺はおまえの前では、ひとりの男でいてえんだよ。だから、”アリオスお兄ちゃん”は禁止だ」 「でも…、呼び名なんてどうでも…んんっ!」 アリオスお兄ちゃんはまた私にキスをしてくる。運転中のスリリングなキスは、私の情熱を熱くしていく。 「アンジェ…、ちゃんと呼んでくれよ。またベッドで練習だぜ…」 「もう、バカ…!」 アリオスお兄ちゃんは再び運転に集中してくれたが、私は本当に気が気ではなかった。 車は緩やかに進む。 アリオスお兄ちゃんが識っていて、私が識らない場所に。 緩やかに流れる景色は、もう秋色に染まりつつあった。 アリオスお兄ちゃんが連れていってくれた場所は、環境が良い閑静な住宅街だ。郊外で空気も綺麗で、ゆったりと住むにはお誂えむきだ。 「その角のところに趣味の良い家があるんだ」 アリオスお兄ちゃんは指を指しながら教えてくれ、車はまさにその家に停まった。 観るなり、私は感嘆の想いを抱く。そこは、永遠を感じる優しい住宅だった。 決して広くはないが、かといって狭すぎるということもない、とても素敵な心地良い空間。 「行くぞ」 「え?」 「この家の中に入るぞ」 アリオスお兄ちゃんは我が物顔で車を停めた後、手にした電子キーで玄関ドアを開ける。 こんな立派な住宅は初めてで、私はドキドキしながら中に入った。 中に入り更に驚いたことと言えば、この場所がいつでも使える場所になっていたことだ。 私は吹き抜けのリビングに感心しながら、部屋の中を探検する。 「こんなところに住めたら、凄く素敵ね」 「住むんだよ」 アリオスお兄ちゃんがいきなり爆弾発言をするものだから、私は驚いて目を剥く。 「誰が!?」 「俺が」 アリオスお兄ちゃんは造作のないことのように言ったが、私は信じられなかった。 思わず、アリオスお兄ちゃんの胸倉を、喧嘩でもするかのようにしっかりと掴んでいた。 「アリオスお兄ちゃん! 独立するの!?」 「また、”お兄ちゃん”と言った」 「んんっ…!」 アリオスお兄ちゃんは、私の言葉を総て取ってしまうような甘くて熱いキスを私にしてくる。呼吸を取られて、私は苦しかった。 キスが終わっても、息が苦しくて、私は何度も深呼吸をした。 「アリオス…、本当にうちから独立してしまうの?」 私は哀しみの余り大粒の涙を幾つも零す。アリオスお兄ちゃんにはずっと傍にいてもらえると想っていたのに。 「…もう、傍にはいてもらえないの?」 「いいや、そんなんじゃねえよ」 「だったら!」 アリオスお兄ちゃんの言葉を改めて聴いて混乱している私を、彼はそっと優しく抱きしめてくれる。 「…おまえときちんとした”男と女”になるために、うちを出るんだ」 「家にいたってそんなことは…!」 私の言葉に、アリオスお兄ちゃんは優しく首を振り、それがひどく哀しく想えた。 「俺はな、おまえをきちんと俺の女として扱いたい。このままだと、妹の延長を引きずってしまうような気がして、嫌なんだよ」 「アリオスお兄ちゃん…」 「俺はちゃんと俺の女としておまえを扱いたい。惰性は嫌なんだよ」 アリオスお兄ちゃんは私に真摯な眼差しを向けて言う。 私達は常にボーダレスな関係だった。 兄妹というひとことでは、お互いに表現することが出来ず、かと言って、恋人という一言も、私達には相応しくないような気がする。 総ての関係がバランスを取れているような、いないようなそんな関係が私達には相応しかった。 「ちゃんとケジメをつけてえんだ。いつまで経っても同じは嫌だ。あの家にいる限りは、温かくて楽しくいられる。だが、俺達の関係には、もうあの屋根の下は充分ではなくなって来ている。それはアンジェ、おまえも気付いているだろう?」 私は戸惑いつつも頷く。全くその通りだからだ。 「あの家の下にいる限りは、俺達は、男女ではいられねえ。兄妹として後ろめたく感じてしまう」 「うん…」 私はアリオスお兄ちゃんに頷くしかない。 でも、家に帰っても。もうアリオスお兄ちゃんの姿がないかと想うと、切なくてしょうがなかった。 「…もう、毎日は会えないのよね」 「…そうだな」 「何だか寂しい…」 我が儘なのは百も承知だが、私は泣かずにはいられなかった。アリオスお兄ちゃんが家にいるかもしれないと想うだけで、私は毎日幸福だった。 「ちゃんとおまえを見にくい。家には顔を出すから」 「…本当に一人暮しだけ? アンジェリークさんのところや本当のアリオスのお父さんのところにはいかない?」 私は子供が親に念を押すように、アリオスお兄ちゃんに言う。あの人たちのところに行ってしまったら、きっと手の届かなくなってしまう。 「…行かない…」 「アリオスお兄ちゃん、本当に行かない…?」 「行かない。俺はおまえを離す気はねえからな」 「有り難う」 アリオスお兄ちゃんにしっかりと抱きしめられて、私は温もりの中で安堵を見出だした。 「ここはこれから俺の城になる。おまえも学校を出たら、ここに来い」 「うん。そうする」 今でも直ぐにそうしたいけれど、アリオスお兄ちゃんがそれを許さないだろう。意外にけじめはきちんとしている男性だ。 「ここでずっと愛を育んで行こうな。なんか歯がすげえ浮いちまうけれど」 「うん」 くすくす笑いながら、私達は愛を込めてキスをしあう。甘くて気持ちが良くて最高だ。 夕日がさしかかってくる。私達は幸福だった。 仲良く家に帰ると、嵐が待ち受けていた。それもかなり大型でハリケーン! 「待ってたぜェ! アリオスアニキ!」 レオナードお兄ちゃんが私達を見るなりに、安堵の表情になる。 「どうしたんだよ、俺はおまえに待ち侘びてもらえるなんてことをした覚えはねえぞ」 アリオスお兄ちゃんも私もとても不思議で、顔を見合わせた。 「…アリオスさん…」 レオナードお兄ちゃんの背中からひょっこりとエンジュが現れた。泣き腫らしたのか、目はかなり腫れていた。私は無理はないと思う。 「…どうしたんだよ、ふたりとも」 「…ああ。あれ…」 レオナードお兄ちゃんは口ごもりながら目線で私達に示す。 私達はそれに従って見つめると、そこには漆黒の髪が麗しい男性が立っていた。 「うちのパパなの…」 その一言に私はうろたえる。 アリオスお兄ちゃんのお父さんだ…。このひとがそうなんだ…。 私はただ見つめることしか出来なかった。 |
| コメント アリオスさんとアンジェの恋は佳境です 早く完結させたいです。 |