とらわれの姫君

29


 翌日、ルヴァおばあちゃんをアリオスお兄ちゃんと迎えに行った。
 おばあちゃんはすっかり病院に馴染んでしまい、担当医のフランシス先生がパワーにあっとうされているようだった。
 ルヴァおばあちゃんにとっては、フランシス先生と別れるのが一番辛かったようだ。
「先生、先生、絶対にデートしましょうね!」
「…マダムのお望みのままに…。また、定期検診の時は、病室を明るくして下さいね」
 流石はフランシス先生とばかりの、おばあちゃん殺しの艶やかスマイルが炸裂する。一流のホストでも難しいだろうなぁ、このスマイル、なんて思ってしまった。
「では、また。マダム、”オスカーサンバ”は控目にね?」
 フランシス様の極上の微笑みに、おばあちゃんはすっかり舞い上がってしまった。
 一瞬、目が合った私ですら、ときめいてしまう程の凄い威力だ。
「アンジェ、ぼうっとするんじゃねえぞ、こら!」
 アリオスお兄ちゃんに怒られて強引に手を引っ張られるまで、私は怒っているのに気がつかなかった。
「…アリオスお兄ちゃん」
 それが可愛くて嬉しくて、私はたまらなかった。
 ぎゅっと手を握られたまま、アリオスお兄ちゃんと病院を後にする。
「私が公認したからだからって、見せ付けるように手を繋いで!」
 おばあちゃんはすっかりご立腹だったようだけれど、それでもアリオスお兄ちゃんは私の手を離さなかった。
 カ強くて私にはとても心地が良い。
「…ね、アリオスお兄ちゃん、妬いた?」
「…誰が妬くかよ? タヌキなんかにさ」
 不機嫌にアリオスお兄ちゃんが言うものだから、私もそれに対抗してわざと拗ねてみる。
「…いいもん。アリオスお兄ちゃんは、私がどうなってもいいんだ」
「…おまえまた、俺のことを”アリオスお兄ちゃん”って言っただろう。二回言ったから、罰金も二倍」
「罰金って何よ?」
 私が言った瞬間、アリオスお兄ちゃんは唇を軽く二回重ねてきた。
「あ…」
「罰金…」
 ルヴァおばあちゃんだって側にいるって言うのに、アリオスお兄ちゃんの阿呆! デリカシーのかけらもなし。
 目線で伝えると、アリオスお兄ちゃんは憎らしい笑顔を浮かべてくる。
「今更だろ」
 私が真っ赤になっている間に、アリオスお兄ちゃんは何事もなかったように、おばあちゃんの荷物を積み込み、おばあちゃん自身を車に乗せる。
「俺ってばあちゃん孝行だよな」
「目の前でキスをする孫同士を見せ付けられるのが、どこがおばあちゃん孝行何だか! アリオス、あんたよりフランシス先生のが余程自制が取れているね! アンジェ、アリオスからフランシス先生に乗り換えなさい」
「そうね、ちょっといいかも?」
 私がふざけ加減で言うと、アリオスお兄ちゃんは、余計に不機嫌となってしまった。
「…アリオスお兄ちゃんたら…」
 私がくすくすと笑うと、余計にアリオスお兄ちゃんの機嫌を損ねたようで、更に険しい顔になる。それがまた可愛い。
「…おまえまた罰金」
 私が笑っていると、アリオスお兄ちゃんはまたキスをしてくる。甘くて、私はうっとりとしてしまう。
「ったく、ふたりして熱いね。クーラーをガンガンに利かせなくっちゃいけないねえ」
 おばあちゃんがわざとぱたぱたと手で団扇のように扇いでいるのが、とても可愛かった。

 ルヴァおばあちゃんの荷物を家に運び終えて、休憩をした後、いよいよ家族会議が始まる。
 誰もが複雑な恋愛ネタを絡ませているせいか、その顔は幾分か緊張しているようにも見えた。
「…さて、この不良男たちの言い分をひとつずつ聞いて行こうかね」
 ルヴァおばあちゃんがどっかりと腰を下ろすと、やはり貫禄があるせいか、誰もが息を呑んだ。 
 家族会議の為に、誰もが半休やオフを取って臨んでいる。
「じゃあ、エルンストから」
「はい、レイチェルが妊娠を致しまして、結婚したいと思います。勿論、レイチェルの両親には了解を取っております」
 エルンストお兄ちゃんの声は幾分か上擦ってはいたが、らしくきちんとシンプルに簡潔に話した。
「レイチェルにも、両親にも了解を得ているなら構わないだろう。新居とか式とかは、おいおい考えていけばいいさ」
 ルヴァおばあちゃんの言葉はいちいちこちらが納得せずにはいられないような説得力がある。
「有り難うございます!」
 エルンストお兄ちゃんは幾分かホッとしたようで、緊張が抜けた。
「次はレオナード」
 順番なら、アリオスお兄ちゃんと私の番だけれども、おばあちゃんはわざと飛ばしたように思えた。
「俺は知り合って、好きな、エンジュをずっと護っていきたいと思う! あいつは色々と複雑な環境に育っているが、傷ついた心を俺がずっと護っていきたい。結婚の許しが欲しいんだよ」
 レオナードお兄ちゃんは情熱的にルヴァおばあちゃんに語る。かつてレオナードお兄ちゃんがここまで真剣であったことは今までになかった。
 それをルヴァおばあちゃんも聞いているようで、しっかりと頷いている。
「…それで、先方さんにはちゃんとご理解を得られたのかい?」
「先方も今日が話し合いの日なんだよ」
「そう…。お嬢さんなんだってね、名門の」
 おばあちゃんはいつものちゃらけたところなど一切なく、あくまで真剣だ。
「ああ」
「おまえが婿養子に行かなければならない可能性は考えたかい?」
「勿論。俺様はエンジュの為なら何でも受け入れてやれる」
 レオナードお兄ちゃんは写真を辞める覚悟が出来ている。それほど恋にのめり込んでいる。
 私にはそれがとても嬉しかった。
「お嬢さんは、アリオスとは半分きりだが血が繋がっているんだね。うちとは縁続きだ。ちゃんと決着をつけることを条件に、私は反対しない。自分がやりたいことを捨てても良いほど好きなお嬢さんなら、かまいやしないさ」
「有り難う、ばあちゃん!」
 レオナードお兄ちゃんは本当に感激をしたらしく、おばあちゃんのシワシワの手を何度も握り締めている。
 ちょっと感動的で、私は涙ぐんでいた。
 でもおばあちゃんはきちんと締めることも忘れてはいない。
「相手さんがあることだからね。しっかりやるんだよ、レオナード。最初に相手がありきということを、しっかりと覚えておきなさい」
「ああ」
 これにはレオナードお兄ちゃんも真剣な表情になった。まだまだ始まりに過ぎないのだから。
「次は、問題のアリオスとアンジェリークだね」
 問題の、というところで、おばあちゃんは思い切りアクセントを置く。
「おまえたちはきちんと覚悟は出来ているようだし、今更言うことはないさ。ただ、きちんと、アリオスの本当のご両親には報告に行くんだよ」
 これにはアリオスお兄ちゃんの表情が、僅かだが険しくなる。
「俺の両親は、カティスとディアだ。それ以外に誰もいねえ」
 アリオスお兄ちゃんはきっぱりと言い切ったが、おばあちゃんはそれでよしとはしなかった。
「アリオス、せめて報告だけはきちんとしなさい。私達が、おまえを養子のままにしたのは、いつかご両親にお返しが出来るようにだ。確かにおまえの両親はカティスとディアさ。それは真実だろう。おまえにとってはな。だが、ちゃんと産みの親御さんには筋を通すべきだと、私は思うがねぇ」
 流石は年の功。おばあちゃんの言うことは、きっぱりと筋が通っている。
「…アリオスお兄ちゃん、ちゃんと筋は通そうよ…。私はそう思うよ…」
「アンジェ…」
 私達は見つめ合い、お互いの意思を確認し合う。アリオスお兄ちゃんは私の手を絡めると、頷いてくれた。
「…ばあちゃんが言う通りにきちんとするぜ…。仕方がねえもんな」
「うん。ちゃんとけりをつけたら、ふたりでスタートラインに立とうね」
 私の言葉に、アリオスお兄ちゃんは感慨深げにふっと笑ってくれる。優しい眼差しに、私はやっぱりアリオスお兄ちゃんが好きだということを確信する。
「…よし。これできちんと話はまとまったな。後は、レオナードの結果待ちだねぇ」
 おばあちゃんはほっとしていたようだが、それよりも増して、嬉しそうだった。
「…エルンスト兄貴、俺はこの家を出るから、俺の部屋を書斎か何かで使えばいい。レイチェルがひとりより、誰かが着いてやるほうが良いだろうし!」
 アリオスお兄ちゃんのいきなりの提案に、みんなが驚く。
 お兄ちゃんの独立は、私も薄々気付いてはいたとはいえ、とても寂しかった。
「うちを建てた。アンジェと暮らせるように…。アンジェが高校を卒業した暁は、一緒に暮らそうと思う…」
 お母さんやお兄ちゃん達はとても寂しそうだったが、一番ショックだったのはやはりルヴァおばあちゃんだった。
「アリオス、いっちまうのかい!?」
「ああ」
 アリオスお兄ちゃんがはっきりと返事をすると、おばあちゃんはそれは顔をぐちゃぐちゃにして泣く。私も、その気持ちは解らないわけではない。幾分かしんみりとした気分になった。
「取りあえずは、男としてのけじめをつける。その方がアンジェリーク為にはいいだろう」
「そうね。アリオス…」
 おかあさんも頷き、アリオスお兄ちゃんの肩をぽんと叩いてくれた。
 結局は、私達が望んだことは総ておばあちゃんに認められて、私達は幸福だった。
「エルンストの式もあるし、アリオスの引越や結婚報告もある。今月は忙しいからね」
 私はそんな忙しさはちっとも構わないと思った。
 まずはアリオスお兄ちゃんと、アンジェリークさんに報告に行かなければならない。私の心は、緊張に震えていた。
コメント

アリオスさんとアンジェの恋は佳境です
次回30回で切りよく最終回!



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