3
遅い夕食の後片付けの後、私はいつものようにお風呂に入る。 躰を洗っていても、髪を洗っていても、私はアリオスお兄ちゃんが好きなんだって感じる。 どうしようもない、ブラコンだ…。 近親相姦なんて今時流行らないなんて思っていても、禁忌だって解ってはいても、私はきっとその戒めをいつか破ってしまうかもしれない。 そんな自分が、私は酷く恐いと思うのと同時に、どこか愛しくも思えた。 お風呂から出てパジャマに着替える。自分のではなく、やっぱりアリオスお兄ちゃんのパジャマだ。最近、ずっとお兄ちゃんのパジャマばかりを着ている。その方が何だから安心するから。 台所にミネラルウォーターを取りに行く途中で、アリオスお兄ちゃんと出くわした。 「風呂出たのかよ。俺もとっとと入っちまおう」 「うん、お湯良かったよ」 「暑苦しいから、シャワーだな」 アリオスお兄ちゃんは自分の新曲みたいな聞き慣れない歌を鼻歌にして、お風呂に入っていく。 私は少し幸せな気分になって笑った。 だって、天下のアリオスの新曲を最初に聞けるのは、きっと私だけの特権だから。 水を飲んで、ダイニングでほっこりしていると、シャワーを浴びて来たアリオスお兄ちゃんが入ってくる。やっぱりご機嫌だ。冷蔵庫からミニビール缶を取り出して、一気に喉を潤している。 「アリオスお兄ちゃん、パジャマ着ないの?」 「あ? だったら今すぐ返せよ」 「あっ、そっか」 アリオスお兄ちゃんがパジャマを着ないのは、私が取っているから。だから、下しか着ない。これもやっぱり妹の特権かな…。妹の…。 そこまで考えると、私は妙に寂しくなってしまった。 お兄ちゃんと私の大きな壁。 「おい、寝るんなら行くぜ? 俺はもう疲れたんだからな」 「はあい」 アリオスお兄ちゃんに着いて、階段を登る。何だかとても親密な感じがして、嬉しいのも確か。だけど、後ろにいるのが許されるのは、やっぱり私が妹だからだ。 ロックスターアリオスの妹。そんなものは、もう演じたくなくなっている…。 「いっちばーんっ!」 私はアリオスお兄ちゃんを抜かして、先にふかふかのベッドにダイビングする。お兄ちゃんの匂いがして気持ちが良い。 自分のベッドよりも、お兄ちゃんのベッドのほうが良く眠れるのだ。 「おやすみー」 「ああ。ガキは早く寝ろ」 何時ものようにベッドの端と端に別れて、アリオスお兄ちゃんと眠る。とても気持ちが良い。お互いに背中を向けて寝るのが習慣になっている。 だって兄妹だから…。顔を突き合わせて眠っていたら、きっとおかしなことになってしまう。 アリオスお兄ちゃんがそんな気がなくても、私がきっと…。 そんなことを悶々と考えながら、私はいつの間にか、深い眠りについてしまっていた。 朝、いつもよりベッドが狭いような気がして起きてみると、横にはもうひとり…。 「おばあちゃんっ!」 毎度お馴染み、我が家の癒し系、ルヴァおばあちゃんが、私とお兄ちゃんの間に割り込んでいた。 「何だ、狭いと思ったらばあちゃんかよ」 アリオスお兄ちゃんもやっぱりとばかりに溜め息をはく。 「だって、アリオスは死んだおじいさんによく似ているんだよ〜。アリオスと寝ていると、ホントにおじいさんが帰って来たみたいな気分になるんだよ〜! ずっとラブラブだったんだからね〜! 私とじいさんは!」 「はい、はい、解ったから」 アリオスお兄ちゃんはベッドから下りると、さっとシャツを羽織る。 アリオスお兄ちゃんの鍛えられた上半身はすごく見慣れている癖に、こうやって艶やかな仕種を見せ付けられると、私はドキドキする。 妹なのに…、こんなにドキドキする。呼吸が調うまで時間がかかる。 「あー、アリオスに匂いはじいさんの匂いだ」 ルヴァおばあちゃんは、アリオスお兄ちゃんの枕に顔を埋めてばたばたとしている。それが何だかかわいらしい。 「じいさんと一緒にするな!」 「しょうがないじゃない、お兄ちゃん、隔世遺伝はよく有ることだよ」 一瞬、アリオスお兄ちゃんが止まったような気がしたけれど、それは気のせいのようだ。 「なあばあちゃん、何か俺に用があったんじゃねえか?」 アリオスお兄ちゃんがきくと、それまでじたばたとしていたルヴァおばあちゃんの動きがぴたりと止まる。 「そういえば、アリオスに誰かから電話がかかってきていた。クリスマスと折弁当とかいう名前だったかと…」 「早く言え!!」 アリオスお兄ちゃんはおばあちゃんを叱るように言った後、そのまま下に下りる。部屋に残されたのは、私とおばあちゃんだけだ。 私はごろんとベッドに横たわった。 「ねぇおばあちゃん、その人さ、オリヴィエとかクリスティーナとか名前じゃなかった?」 「そうそう、そんな名前!」 私はやっぱりと思った。ふたりはスーパーモデルで、お兄ちゃんとも仕事で何度も共演している仲だ。よく一緒にクラブとかに行っているのも解っている。 嫉妬の焔が私の中で吹き出していた。 焦れる想いが、私を切なくさせる。 暫くして、アリオスお兄ちゃんが戻って来た。 「おい、アンジェ、おまえまた遅刻寸前じゃねえか?」 アリオスお兄ちゃんに指摘されて、私は恐る恐る時計を見る。ビンゴだ! 「わーん! お兄ちゃん、学校まで送って行ってよ!」 ばたばたと準備をする私に、アリオスお兄ちゃんは苦笑する。 「ったく、おまえは学習能力ゼロだな」 お兄ちゃんにどんな厭味を言われても、今は遅刻の文字以外は、私は何も考えられなかった。 結局、今朝もバイク通学になってしまい、レイチェルにこっぴどく笑われてしまった。 「ねぇ、今日はエンジュ遅いね。アナタみたいにつぎはぎ無遅刻無欠席記録ではなくて、あの子はちゃんときているからね」 「つぎはぎは余計だって。でもホントにエンジュはどうしちゃったんだろう…」 私たちの心配をよそに、エンジュは晴々とした顔で1時間も遅刻して来た。 彼女も、私と一緒で”無遅刻無欠席”を目指していたのに、これで途切れてしまった。でも、楽しそうだ。 「エンジュ、今日はご機嫌ね? ずっと無遅刻無欠席を目指していたのに?」 私とレイチェルは小首を傾げながらエンジュを見る。本当に不思議だ。彼女が記録が途切れたというのに、こんなに嬉しそうにするなんて。 「…今日、女の子の日で凄く気分が悪かったんだけれど、素敵なまるでお兄ちゃんみたいな人に助けてもらったの! それがね、それだけでも嬉しいのに、ロックスターのアリオスに似ていたの!」 私は一瞬びくりとする。 アリオスお兄ちゃんだ…。 クラスメイトも誰も知らない、私ののお兄ちゃんのこと。レイチェルはエルンストお兄ちゃんと付き合っている関係上知っているが、それ以外には誰にも言ってはいなかった。 「凄く素敵だった…。色々お話して…」 「…そうなんだ、良かったね…」 私は引き攣った笑いを浮かべながら、胸の端がちくりと傷むのを感じた。 エンジュはきっとアリオスお兄ちゃんのことを好きになったんだ…。きかなくてもそんなことは解る。 エンジュならアリオスお兄ちゃんも好きになるかもしれない…。 切ない想いがずっと燻って、私を苦しくさせる。 何だか、自分が嫌な子に思えて辛かった。 結局、私はあまり勉強に身が入らずに、一日をぼんやりと過ごすことになった。 家に帰っても、やっぱりアリオスお兄ちゃんはいなくて、私はがっかりと肩を落とす。エンジュと約束をしているんじゃないかって、訝しんでしまう。 台所には、今日の食事当番であるレオナードお兄ちゃんがカレーを作っている。 今日はレオナードお兄ちゃんがオフの日なので、食事を作ってくれているのだ。 「ただいま、レオ兄ちゃん」 「アンジェか。今日は美味いカレーを作ってやるから、楽しみにしていろよ?」 「うん! ばあちゃんは?」 「港に釣り」 「アイナメとか釣って来てくれるといいなあ。亡きおじいちゃんの特製釣竿で!」 「そうだな」 私はひとつ溜め息をつくと、レオナードお兄ちゃんをちらりと様子を探るように見る。お兄ちゃんならアリオスお兄ちゃんのことを色々知っていそうだから。 「ねぇ、レオお兄ちゃん、アリオスお兄ちゃんのファーストキスの相手って知ってる?」 「アリオスアニキのかよ。何でんなことを訊くんだぁ?」 「何でも。いいから!」 私はどうしても知りたくて、レオナードお兄ちゃんに急かして強い調子で言う。 「…そうだな、確か中一ぐれえだったと思うぜ? 確か上級生だったな…」 思い出すようにレオナードお兄ちゃんは言ってくれたが、私はいらつきながら、次の質問を飛ばす。 「初めての相手は!?」 「…確か、中二の時の年上の未亡人じゃなかったか?」 年上の未亡人…。聞いて少しショックだった…。自分から望んで聞き出した答えなのに、胸に堪えるなんてバカみたいだ。 「…そうなんだ…」 私は平静を装って、レオナードお兄ちゃんに気付かれないようにする。 気付かれから、私は非難されるだけだから…。 「昼寝しようかな。レオナードお兄ちゃん有り難う」 私はあくまで自然に振る舞い、自室に戻った。 涙が出て、止まらない。ホントに何をやっているんだか、全く解らなかった。 アリオスお兄ちゃんが中々帰ってこない。 ご飯を食べて、宿題もして、お風呂も入って、ネイルケアまでしたのに一向にだ。 時計を見ると、既に12時を廻っている。 「レオナードお兄ちゃん、アリオスお兄ちゃん遅いね」 アリオスお兄ちゃんの部屋の前で膝を抱えて座っていると、レオナードお兄ちゃんが前を通り、思わず呼び止めてしまった。 「アリオスお兄ちゃんが遅い!」 「なぁ、アンジェリーク、アニキも大人の男だし、不規則な仕事をしているのもあるから、朝帰りなんて当然だろうが」 「当然じゃない!」 アンジェリークは拗ねて頬を膨らませると、ムキになって否定した。 「そんなぷりぷりしてねえで、早く寝ろ!」 いやだ…。 だけれど結局はレオナードお兄ちゃんに煩いという理由で、部屋に閉じ込められてしまう。 悔しくてベッドの上で泣いてしまったけれど、いつしか疲れ過ぎか眠ってしまった。 朝方、がたがたと窓際が騒がしい。目を開けると、アリオスお兄ちゃんの声が聞こえた。 「アンジェ、アンジェ、開けてくれ」 「え!? お兄ちゃん?」 慌てて扉を開けると、そこにはアリオスお兄ちゃんがいた。 「助かった、鍵閉められてからな、早く帰るつもりだったから、鍵持ってきてなかったんだよな」 時計を見ると、明け方の5時。流石のルヴァおばあちゃんも起きてない…かも? 閉め出されるのは当たり前だと思いながら、私は拗ねるように布団をかぶってふて腐れた。 「朝帰りするひとが悪いのよ!」 だけどアリオスお兄ちゃんに効果無し。くすくすと笑っているのが聞こえるだけ。 「おい、アンジェ、手を出せよ」 「何? 手相でも見るの?」 「そんな特殊な能力あったら、ミュージシャンになんかなってねえ」 「なるほど」 だけどお兄ちゃんは私の手を恭しく取り、掌の溝をなぞっていく。 ぞくりとした甘い痺れが全身を駆け抜けた。 こんなことは初めてで、私は驚いて息を呑む。 「お嬢さんはかなりの面食いですね…、行き遅れの相が出てますね」 わざと言うアリオスお兄ちゃんに、私は思わずくすくすと笑う。 「もう冗談ばっかり!」 ふと掌に冷たい金属の感触がした。 「貰いもん、俺はしねえからおまえにやる」 ドアが閉まる音と同時に跳び起きて掌を見る。そこにはかわいらしい天使型のネックレスがあった。 |
| コメント アリコレ兄妹ものです。 まだ佳境までには時間がかかりそうですが、宜しくお願いします。 ルヴァばあちゃんとゼフェルじいちゃんコンビも人気のようです。 今は亡き(すまん)ゼフェルとルヴァの間に生まれたのが、父親であるカティスです(笑) |