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どうせ、安ちいものだけれど、アリオスお兄ちゃんに貰ったものってだけで、私の中では価値がある。 制服の下にそっと忍ばせて、私は大切に付ける。 ダイニングに行くと、珍しくアリオスお兄ちゃんとレオナードお兄ちゃんが話をしていた。 「明日、夕方から宜しくな。うちの連れて来たモデルを一応チェックしてくれ。カメラマン様」 「ああ。今回は”天使”がテーマだろう? 中々良いモデルがいねえんだよな」 レオナードお兄ちゃんは真剣にファインダーを覗きながら溜め息をついている。いつもはちゃら系のお兄ちゃんだけれど、写真に関しては真剣だ。だからこそ、アリオスお兄ちゃんのジャケットはいつもレオナードお兄ちゃんが撮っている。 ちらりとアリオスお兄ちゃんが私を見つめてくる。ドキリとした。 「俺の”天使”は”アンジェリーク”だけだぜ?」 一瞬、胸がズキュンと音を立てて撃ち抜かれた気分になった。 唇が震えるぐらいにドキドキする。だけど、私のときめきを壊したのは、レオナードお兄ちゃんだった。 「”アンジェリーク”は”アンジェリーク”でも、うちの子だぬきじゃなくて、女優のアンジェリークだろ?」 「正解」 ちらりと私を見たアリオスお兄ちゃんの視線は、からかいを含んでいる。ホントに大嫌いっ! 「でも、女優のアンジェリークは、ホントに良い女だよな!」 女優のところで、思い切りアクセントを置くレオナードお兄ちゃんも大嫌い。 私はぷりぷりしながら、ミネラルウォーターを飲み干した。 女優アンジェリークは、私たち一家にとっては素晴らしい女優さんとして、家族みんなで応援している。 私にとっては女神のような女優さんだ。 お母さんが以前、アンジェリークさんのマネージャーをしていたこともあり、うちでは一番のショービジネスのスターだ。 だから、そんな素晴らしい女性と同じ名前なのは、何だかくすぐったいような気分だ。 「お兄ちゃんたち、一緒に仕事するの?」 「ああ」 アリオスお兄ちゃんは何でもないことのようにあっさりと答えた。 「一緒に行ってはダメ?」 「仕事だ!」 アリオスお兄ちゃんに、猫撫で声でせっかく聞いたのに、きっぱりと否定される。いつもそうだ。 色々なところでは優しいお兄ちゃんだけれど、仕事場に連れて行って欲しいとか言えば、覿面に否定する。 「ケチ! たまには良いじゃないよ!」 「ダメだ!」 思い切り舌を出して抵抗しても、アリオスお兄ちゃんはつんとしている。 私は更に突っ掛かってみた。 「ケチ、ケチ、ケチ!」 思い切り変な顔をしたところで、眩しくもフラッシュが焚かれた。 「眩しいっ!」 「激写だな、アンジェリーク」 豪快にかっかと笑うレオナードお兄ちゃんを、私は恨めしく見つめた。 何も変なシーンを撮らなくていいじゃない。兄二人揃って意地悪窮まりなし! 「もう、レオナードお兄ちゃん、やめてよっ!」 私が抵抗しつつ変な顔を作ると、レオナードお兄ちゃんは調子に乗って何枚もシャッターを切った。 「ほら、アンジェ、良い顔は?」 レオナードお兄ちゃんの声に釣られて、私はファインダーに最高の笑みを向けていた。 「これで”子だぬき写真集”が完成だろ? レオナード」 「ああ」 ふたりしてくつくつと笑うお兄ちゃんに、私は益々機嫌を悪くしてみた。 ふとルヴァおばあちゃんがレオナードお兄ちゃんの肩を叩く。 「レオや、私のターバンファッションショーは撮らないのかね?」 にんまりと日なたの猫のように笑ったおばあちゃんに、レオナードお兄ちゃんはたまらずシャッターを切っている。 その光景を、私は楽しくも見つめる。 我が家の大切な家族の風景。私にとっては本当に大切なもの…。 神様、どうかこのままでいさせてください。 壊さないで下さい…。 「おいアンジェ」 アリオスお兄ちゃんがまた時計を見ている。 「おまえ、また、遅刻」 「きゃー!」 結局、またまたアリオスお兄ちゃんのバイクにお世話と相成った。 学校に行くと、エンジュが華やかな表情で楽しそうにニコニコしていた。 この間の話を思い出すと、切なくなってしまう。 「アンジェ、あのさ…」 エンジュがこそこそと教室の隅に私を呼び寄せたので、ちょこまかと着いていく。 「あのさ、アリオスの新曲のジャケットとプロモにさ、出るかもしれないんだ」 「………!!!」 私は目の前がくるくると回るような気がする。 警告と不安で、頭がガンガンと痛いのを感じる。 「アンジェ、聞いてる?」 不思議そうにエンジュが見ていたので、私は必死になって平静を取り戻すように努力をする。 だが、中々上手くはいかない。 「…へえ、凄いね…」 何とか笑って、いつもの平静を取り戻そうと、私は努力をした。 無理かもしれないけれど…。 「明日ね、アリオスさんとプロモの監督、後はカメラマンの人と逢う予定なの! オリヴィエにも逢う予定よ! スーパーモデルなんて、凄いよね!」 「そうね!」 私はから笑いを浮かべて、何度か頷いた。 心はここにあらずといった感じだ。 「ねぇ、アンジェ! レイチェルとふたりで、近くまで着いて来てくれないっ!?」 これぞ求めていたこと。 私は本当にラッキーだ。 「うん、いいよ! 行こう! うん!!」 私はエンジュの手を握って、勢い余ってぶんぶんと振る。こんなチャンスは滅多にないから、私は心の中でほんの少しだけエンジュに感謝をした。 アリオスお兄ちゃんがどんな顔をしてエンジュと接しているのが、本当に見たかった。 アリオスお兄ちゃんが、私以外の女性に甘く微笑むのが嫌だ…。 ダメな感情なのは解っている。危険なことなんだってことも…。 だけど、私にとっては、いつもアリオスお兄ちゃんの”一番”であることを確かめたかった…。 こんな感情はいけないことなのは解っている…。 だけど抱かずにはいられない…。誰よりも大好きな男性だから…。 「アンジェ?」 エンジュの心配そうな声が聞こえて、私ははっとする。 エンジュを見つめると、自分の負の感情が情けなくてしょうがなかった。 だってホントに良い娘だから。 私は17年もアリオスお兄ちゃんと暮らして来たからよく解っている。 アリオスお兄ちゃんが好きなのは、ホントはエンジュみたいな女の子。温かくて可愛くて、ほっておけないような女の子。どこか抜けているくせに、芯はしっかりしているみたいな…。そんな可愛い女の子。 エンジュだったら…、きっとアリオスお兄ちゃんも好きになる…。 私 は複雑な想いを抱きながら、エンジュに笑いかけた。 家に帰ると、大漁旗のおばあちゃんが、ニコニコと笑いながら料理をしていた。 「今日はスズキのムニエルにしようかね、アンジェ。みんなで一緒に食べられそうだし」 「そうね…」 そこまで言って、おばあちゃんの頭に目が止まる。 「おばあちゃん! それはアリオスお兄ちゃんのバンダナじゃないっ! 自分のターバンコレクションからしなさいよ!」 「だって、アリオスはゼフェルじいさんに似てるんだよ〜! 匂いもねえ」 「ったく…」 私は鼻息を荒くしておばあちゃんを見る。いつもボケたふりをしているけれど、ちゃんと解っているのは知っている。侮れないおばあちゃんだ。 いつまでもこうしていられればいいのに…。 いつまでも家族だけで、屈託なく過ごすことが出来ればいいのに…。 私はおばあちゃんの姿をじっと見つめる。 だけど時間は容赦がない。 五年前にはいた、ゼフェルおじいちゃんもお父さんも今はいない…。 時間が経てば関わりが変わってくる…。 神様…! どうかみんなと何時までも仲良く暮らせますように…! アリオスお兄ちゃんの傍に何時までもいられますように…! 私は祈らずにはいられなかった。 「あー、アンジェや、そろそろ”お茶目な将軍様”の再放送が始まるから、後は頼んだよ〜」 「あ、おばあちゃん!」 おばあちゃんは止めてもそそくさと部屋に入ってしまう。おばあちゃんの後を見るとキッチンはぐちゃぐちゃになっている。予想通りの展開に私は溜め息をつきながら、私は片付けと残りの夕食作りをすることにした。 やはり今夜もアリオスお兄ちゃんは帰って来ない。 何だか寂しくて、少しだけ切なくて、私は結局はアリオスお兄ちゃんのベッドで今夜も寝ることにした。 理由は空調代がもったいないから。なんてことに託けている。 私がこの年齢まで一緒になって寝ているのは、アリオスお兄ちゃんだけ。 ここだけは誰にも譲れない、私の聖域だった。 時計を見るとまた午前様。 今日は泊まってくるかもしれない…。 そんな嫉妬にも似た重い想いが私を包み込む。 騒いだらまた「大人なんだから当たり前」だと、言われるかもしれない。 そんな言葉を私は聞きたいわけじゃないのに…。 涙が自然と溢れてきた私は、何時しか泣きながら眠ってしまっていた。 また、朝のぱたぱたとした規則正しい音が聞こえる。エルンストお兄ちゃんだ。休日でもゆっくりとした自分のペースを崩さない男性だ。 うちでは一番きっちりとした性分で、下のふたりが”ちゃらんぽらん”な部類に入るから、余計に目立つ。 私はゆっくりと目を開けた。するとびっくりすることに、アリオスお兄ちゃんが規則正しい寝息を立てて眠っている。 私は何だか嬉しくなってしまう。 朝、横には大好きな男性が眠っているというのは、なんて素敵なことなんだろうか…。 くすくすと笑いが込み上げてくるのを抑えながら、私は幸せな気分になれた。 「おい、アリオス? 見たいって言っていた、女優さんの番組が間もなく始まりますよ…」 ノックをしながら部屋を開けたエルンストお兄ちゃんと、私はまた目が合ってしまった。 今度は、もっと青白い顔になっている。 驚きの余り、顔が強張っている恰好だ。 私のパジャマ姿が、暑さの余りに寝乱れていたからかもしれない。 「アンジェ! 部屋でちゃんと眠りなさい!」 エルンストお兄ちゃんは声を上擦らせて言うと、動揺が伺えるように、ドアを大きな音を立ててピシャリと閉める。 冷静なエルンストお兄ちゃんらしくない。 「…どうした?」 眠そうなアリオスお兄ちゃんが顔を上げて見る。 「さあ? 感じ悪いなあ、エルンストお兄ちゃん」 私はお兄ちゃんに抗議しようと階段を下りようとしたところ、階下で声が聞こえるのが解った。 「おばあちゃん、アリオスとアンジェは今でも一緒に寝ているのですか!?」 「ああ、そうだよ。私もたまには一緒だからねー」 話している相手がルヴァおばあちゃんで助かった。 私はほっとしたところで引き返そうとした所で、重大事項が耳に飛び込んで来た。 「…まずくないですか? 私はうっすらと覚えているんですよ…。アリオスが貰われてきた日のことを…」 私は頭が真っ白になるような気がした。 |
| コメント アリコレ兄妹ものです。 まだ佳境までには時間がかかりそうですが、宜しくお願いします。 ルヴァばあちゃんとゼフェルじいちゃんコンビも人気のようです。 今は亡き(すまん)ゼフェルとルヴァの間に生まれたのが、父親であるカティスです(笑) |