とらわれの姫君

4


 どうせ、安ちいものだけれど、アリオスお兄ちゃんに貰ったものってだけで、私の中では価値がある。
 制服の下にそっと忍ばせて、私は大切に付ける。
 ダイニングに行くと、珍しくアリオスお兄ちゃんとレオナードお兄ちゃんが話をしていた。
「明日、夕方から宜しくな。うちの連れて来たモデルを一応チェックしてくれ。カメラマン様」
「ああ。今回は”天使”がテーマだろう? 中々良いモデルがいねえんだよな」
 レオナードお兄ちゃんは真剣にファインダーを覗きながら溜め息をついている。いつもはちゃら系のお兄ちゃんだけれど、写真に関しては真剣だ。だからこそ、アリオスお兄ちゃんのジャケットはいつもレオナードお兄ちゃんが撮っている。
 ちらりとアリオスお兄ちゃんが私を見つめてくる。ドキリとした。
「俺の”天使”は”アンジェリーク”だけだぜ?」
 一瞬、胸がズキュンと音を立てて撃ち抜かれた気分になった。
 唇が震えるぐらいにドキドキする。だけど、私のときめきを壊したのは、レオナードお兄ちゃんだった。
「”アンジェリーク”は”アンジェリーク”でも、うちの子だぬきじゃなくて、女優のアンジェリークだろ?」
「正解」
 ちらりと私を見たアリオスお兄ちゃんの視線は、からかいを含んでいる。ホントに大嫌いっ!
「でも、女優のアンジェリークは、ホントに良い女だよな!」
 女優のところで、思い切りアクセントを置くレオナードお兄ちゃんも大嫌い。
 私はぷりぷりしながら、ミネラルウォーターを飲み干した。
 女優アンジェリークは、私たち一家にとっては素晴らしい女優さんとして、家族みんなで応援している。
 私にとっては女神のような女優さんだ。
 お母さんが以前、アンジェリークさんのマネージャーをしていたこともあり、うちでは一番のショービジネスのスターだ。
 だから、そんな素晴らしい女性と同じ名前なのは、何だかくすぐったいような気分だ。
「お兄ちゃんたち、一緒に仕事するの?」
「ああ」
 アリオスお兄ちゃんは何でもないことのようにあっさりと答えた。
「一緒に行ってはダメ?」
「仕事だ!」
 アリオスお兄ちゃんに、猫撫で声でせっかく聞いたのに、きっぱりと否定される。いつもそうだ。
 色々なところでは優しいお兄ちゃんだけれど、仕事場に連れて行って欲しいとか言えば、覿面に否定する。
「ケチ! たまには良いじゃないよ!」
「ダメだ!」
 思い切り舌を出して抵抗しても、アリオスお兄ちゃんはつんとしている。
 私は更に突っ掛かってみた。
「ケチ、ケチ、ケチ!」
 思い切り変な顔をしたところで、眩しくもフラッシュが焚かれた。
「眩しいっ!」
「激写だな、アンジェリーク」
 豪快にかっかと笑うレオナードお兄ちゃんを、私は恨めしく見つめた。
 何も変なシーンを撮らなくていいじゃない。兄二人揃って意地悪窮まりなし!
「もう、レオナードお兄ちゃん、やめてよっ!」
 私が抵抗しつつ変な顔を作ると、レオナードお兄ちゃんは調子に乗って何枚もシャッターを切った。
「ほら、アンジェ、良い顔は?」
 レオナードお兄ちゃんの声に釣られて、私はファインダーに最高の笑みを向けていた。
「これで”子だぬき写真集”が完成だろ? レオナード」
「ああ」
 ふたりしてくつくつと笑うお兄ちゃんに、私は益々機嫌を悪くしてみた。
 ふとルヴァおばあちゃんがレオナードお兄ちゃんの肩を叩く。
「レオや、私のターバンファッションショーは撮らないのかね?」
 にんまりと日なたの猫のように笑ったおばあちゃんに、レオナードお兄ちゃんはたまらずシャッターを切っている。
 その光景を、私は楽しくも見つめる。
 我が家の大切な家族の風景。私にとっては本当に大切なもの…。
 神様、どうかこのままでいさせてください。
 壊さないで下さい…。
「おいアンジェ」
 アリオスお兄ちゃんがまた時計を見ている。
「おまえ、また、遅刻」
「きゃー!」
 結局、またまたアリオスお兄ちゃんのバイクにお世話と相成った。

 学校に行くと、エンジュが華やかな表情で楽しそうにニコニコしていた。
 この間の話を思い出すと、切なくなってしまう。
「アンジェ、あのさ…」
 エンジュがこそこそと教室の隅に私を呼び寄せたので、ちょこまかと着いていく。
「あのさ、アリオスの新曲のジャケットとプロモにさ、出るかもしれないんだ」
「………!!!」
 私は目の前がくるくると回るような気がする。
 警告と不安で、頭がガンガンと痛いのを感じる。
「アンジェ、聞いてる?」
 不思議そうにエンジュが見ていたので、私は必死になって平静を取り戻すように努力をする。
 だが、中々上手くはいかない。
「…へえ、凄いね…」
 何とか笑って、いつもの平静を取り戻そうと、私は努力をした。
 無理かもしれないけれど…。
「明日ね、アリオスさんとプロモの監督、後はカメラマンの人と逢う予定なの! オリヴィエにも逢う予定よ! スーパーモデルなんて、凄いよね!」
「そうね!」
 私はから笑いを浮かべて、何度か頷いた。
 心はここにあらずといった感じだ。
「ねぇ、アンジェ! レイチェルとふたりで、近くまで着いて来てくれないっ!?」
 これぞ求めていたこと。
 私は本当にラッキーだ。
「うん、いいよ! 行こう! うん!!」
 私はエンジュの手を握って、勢い余ってぶんぶんと振る。こんなチャンスは滅多にないから、私は心の中でほんの少しだけエンジュに感謝をした。
 アリオスお兄ちゃんがどんな顔をしてエンジュと接しているのが、本当に見たかった。
 アリオスお兄ちゃんが、私以外の女性に甘く微笑むのが嫌だ…。
 ダメな感情なのは解っている。危険なことなんだってことも…。
 だけど、私にとっては、いつもアリオスお兄ちゃんの”一番”であることを確かめたかった…。
 こんな感情はいけないことなのは解っている…。
 だけど抱かずにはいられない…。誰よりも大好きな男性だから…。
「アンジェ?」
 エンジュの心配そうな声が聞こえて、私ははっとする。
 エンジュを見つめると、自分の負の感情が情けなくてしょうがなかった。
 だってホントに良い娘だから。
 私は17年もアリオスお兄ちゃんと暮らして来たからよく解っている。
 アリオスお兄ちゃんが好きなのは、ホントはエンジュみたいな女の子。温かくて可愛くて、ほっておけないような女の子。どこか抜けているくせに、芯はしっかりしているみたいな…。そんな可愛い女の子。
 エンジュだったら…、きっとアリオスお兄ちゃんも好きになる…。
私 は複雑な想いを抱きながら、エンジュに笑いかけた。

 家に帰ると、大漁旗のおばあちゃんが、ニコニコと笑いながら料理をしていた。
「今日はスズキのムニエルにしようかね、アンジェ。みんなで一緒に食べられそうだし」
「そうね…」
 そこまで言って、おばあちゃんの頭に目が止まる。
「おばあちゃん! それはアリオスお兄ちゃんのバンダナじゃないっ! 自分のターバンコレクションからしなさいよ!」
「だって、アリオスはゼフェルじいさんに似てるんだよ〜! 匂いもねえ」
「ったく…」
 私は鼻息を荒くしておばあちゃんを見る。いつもボケたふりをしているけれど、ちゃんと解っているのは知っている。侮れないおばあちゃんだ。
 いつまでもこうしていられればいいのに…。
 いつまでも家族だけで、屈託なく過ごすことが出来ればいいのに…。
 私はおばあちゃんの姿をじっと見つめる。
 だけど時間は容赦がない。
 五年前にはいた、ゼフェルおじいちゃんもお父さんも今はいない…。
 時間が経てば関わりが変わってくる…。
 神様…! どうかみんなと何時までも仲良く暮らせますように…!
 アリオスお兄ちゃんの傍に何時までもいられますように…!
 私は祈らずにはいられなかった。
「あー、アンジェや、そろそろ”お茶目な将軍様”の再放送が始まるから、後は頼んだよ〜」
「あ、おばあちゃん!」
 おばあちゃんは止めてもそそくさと部屋に入ってしまう。おばあちゃんの後を見るとキッチンはぐちゃぐちゃになっている。予想通りの展開に私は溜め息をつきながら、私は片付けと残りの夕食作りをすることにした。

 やはり今夜もアリオスお兄ちゃんは帰って来ない。
 何だか寂しくて、少しだけ切なくて、私は結局はアリオスお兄ちゃんのベッドで今夜も寝ることにした。
 理由は空調代がもったいないから。なんてことに託けている。
 私がこの年齢まで一緒になって寝ているのは、アリオスお兄ちゃんだけ。
 ここだけは誰にも譲れない、私の聖域だった。
 時計を見るとまた午前様。
 今日は泊まってくるかもしれない…。
 そんな嫉妬にも似た重い想いが私を包み込む。
 騒いだらまた「大人なんだから当たり前」だと、言われるかもしれない。
 そんな言葉を私は聞きたいわけじゃないのに…。
 涙が自然と溢れてきた私は、何時しか泣きながら眠ってしまっていた。

 また、朝のぱたぱたとした規則正しい音が聞こえる。エルンストお兄ちゃんだ。休日でもゆっくりとした自分のペースを崩さない男性だ。
 うちでは一番きっちりとした性分で、下のふたりが”ちゃらんぽらん”な部類に入るから、余計に目立つ。
 私はゆっくりと目を開けた。するとびっくりすることに、アリオスお兄ちゃんが規則正しい寝息を立てて眠っている。
 私は何だか嬉しくなってしまう。
 朝、横には大好きな男性が眠っているというのは、なんて素敵なことなんだろうか…。
 くすくすと笑いが込み上げてくるのを抑えながら、私は幸せな気分になれた。
「おい、アリオス? 見たいって言っていた、女優さんの番組が間もなく始まりますよ…」
 ノックをしながら部屋を開けたエルンストお兄ちゃんと、私はまた目が合ってしまった。
 今度は、もっと青白い顔になっている。
 驚きの余り、顔が強張っている恰好だ。
 私のパジャマ姿が、暑さの余りに寝乱れていたからかもしれない。
「アンジェ! 部屋でちゃんと眠りなさい!」
 エルンストお兄ちゃんは声を上擦らせて言うと、動揺が伺えるように、ドアを大きな音を立ててピシャリと閉める。
 冷静なエルンストお兄ちゃんらしくない。
「…どうした?」
 眠そうなアリオスお兄ちゃんが顔を上げて見る。
「さあ? 感じ悪いなあ、エルンストお兄ちゃん」
 私はお兄ちゃんに抗議しようと階段を下りようとしたところ、階下で声が聞こえるのが解った。
「おばあちゃん、アリオスとアンジェは今でも一緒に寝ているのですか!?」
「ああ、そうだよ。私もたまには一緒だからねー」
 話している相手がルヴァおばあちゃんで助かった。
 私はほっとしたところで引き返そうとした所で、重大事項が耳に飛び込んで来た。
「…まずくないですか? 私はうっすらと覚えているんですよ…。アリオスが貰われてきた日のことを…」
 私は頭が真っ白になるような気がした。
 
コメント

アリコレ兄妹ものです。
まだ佳境までには時間がかかりそうですが、宜しくお願いします。

ルヴァばあちゃんとゼフェルじいちゃんコンビも人気のようです。
今は亡き(すまん)ゼフェルとルヴァの間に生まれたのが、父親であるカティスです(笑)




back top next