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一瞬、耳を疑った。 私は、アリオスお兄ちゃんと17年も兄妹をやってきた。一番近い異性をずっとやってきたのだ。 それが血が繋がっていない…なんて。 いきなりそんな事実を突き付けられても、私は喜んでいいのか泣いていいのか、解らないでいた。 何をしていいか判らない。 ただ呆然としていた。 エルンストお兄ちゃんとルヴァおばあちゃんの間に沈黙が広がる。 盗み聞きをしている私は、ドキドキして、唇がかすかに震えた。 緊張感のある沈黙を破ったのは、意外にもルヴァおばあちゃんの笑い声。 「ぷっ、けけけけけ! 何を言っているんだか、エルンストは! おかしなことを言って! 研究ばっかりしているからボケてしまうんだよ!」 「私はばあちゃんとは違います!」 エルンストお兄ちゃんが真剣に怒っているのが笑える。おばあちゃん相手にそこまで真剣でいられるのは、エルンストお兄ちゃんの良いところだ。 「…私は記憶には自信が有ります! 夢だったかもしれないですが、確かにアリオスが貰われてきたのを覚えているのですよ…」 苦々しく言うエルンストお兄ちゃんの言葉に、私の心は僅かな動揺が走った。 「その記憶力とやらを、もっと研究に活かしたらどうですかねぇ、エルンスト博士」 明らかにルヴァおばあちゃんの言葉は厭味に聞こえる。だけどおばあちゃんだから、嫌な感じはないんだけれども。 「ったく! ディアさんに言うよ! おかしなことばっかり言って! ディアさん! エルンストはねぇ〜!」 「もう止めてください! ばあちゃん!」 また始まった、おばあちゃんとエルンストお兄ちゃんのじゃれあい喧嘩。お互いに認め合っているからだということを、私達家族は良く解っている。 ほほえましくって、思わず笑ってしまった。けれど、何時ものように心からは笑えない。頭の中をぐるぐると”アリオスが貰われて来た”という言葉が回っていたから。 「おいっ!」 いきなり背後から抱きしめられたかと思うと、アリオスお兄ちゃんに声をかけられた。本当に全身でびっくりしてしまい、私は声を上げてしまった。 「何、やってんだよ」 「あ、アリオスお兄ちゃん起きてたの?」 私はわざとらしく言う。 抱きしめられたままの躰と、先程の衝撃的な事実のせいで動揺していることを、決して悟られたくはなかったから。 「あんなに、ばあちゃんとアニキが騒いでたら、起きたくなくても目が覚めるって」 ぐいっと力付くで抱き寄せられ、私は更に動揺した。胸の鼓動が激しくなりすぎて、もうごまかすことなんて出来やしない。 「アリオスお兄ちゃん…、見られたら…」 「兄妹なんだから、かまわねえ」 ふざけているのと真剣なところのちょうど中間ぐらいの声のトーンで言われたので、私はどう取っていいのか解らない。ただ”兄妹”と言われたところで、心臓がすくんだのは事実だった。 私とアリオスお兄ちゃんは、確かに普通の兄と妹よりは、スキンシップが激しいかもしれない。だけども、これで私達はやってきたから、これが普通なのだと思う。 「なあ、ばあちゃん達は何を話してたんだよ?」 ドキリとした。 あれだけふたりが騒いでいたのだから、興味を持つのは当然だけれど、今の私には刺激の強い質問。 何とか心を落ち着けようと頑張るけれども、アリオスお兄ちゃんに抱きしめられたままでは、上手くいかない。 一生懸命、落ち着いたふりをした。 「一万年経ったら教えてあげる」 「生きてるかっ!」 「ルヴァおばあちゃんなら、生きているかも…」 私が苦笑しながら言うと、アリオスお兄ちゃんも笑いながら頷いてくれた。 「確かにな!」 するりと腕がタイミング良く離れた。 抱きしめられている時は、あんなに早く放れて欲しいと思っていたのに、今は放れて凄く寂しい気分になってしまっている。 「まだ早いぜ、今日は休みだろ? 寝ていてもいいんじゃねえのか?」 「……自分の部屋で寝る……」 私は躊躇いがちに言う。もし先程のことが事実ならば、私はアリオスお兄ちゃんと一緒には寝られない。 「ラッキー、おまえ、体臭くさいもん」 「お兄ちゃんのが体臭臭いわよ!」 何時もの他愛がない言葉に答えた後、私は部屋に篭った。 自室のテレビを付けると、ちょうど女優のアンジェリークさんのインタビュードキュメンタリーが放映されていた。 私はじっとテレビを見つめる。 本当に四十をとうに過ぎているとは思えないほどの美しさを、保っている。 アリオスお兄ちゃんがファンなのも、よく解る。 昔、まだお母さんがエルンストお兄ちゃんを産んだばかりの頃、アンジェリークさんのマネージャーをしていたことを、聞いたことがある。 若い頃から凄く綺麗だったって。 私は彼女の名前を貰って付けられた。お母さんが言うところには、彼女のように綺麗になるようにとのことだったらしいけれど、実際に育ったのは子だぬき一匹と言ったところだ。 私は溜め息をつく。 アリオスお兄ちゃんがもし…、私と血が繋がってはいないとしたら…。 堂々と愛していいのか。それともこの十七年はずっと兄妹だったから、そのまま私達は兄妹のままで…、この感情は禁忌なもののままなのか…。 解らない…。 だけど、血の繋がりがたとえどうだろうと、私達は仲の良い兄妹のままなのは確か。 アリオスお兄ちゃんにとっては、そんなことに関係なく、私は”妹”なのかもしれない…。 喜んでいいのか、哀しんでいいのか解らない感情を抱えたまま、私は暫く膝を抱えてテレビを見ていた。 アリオスお兄ちゃんとレオナードお兄ちゃんが出掛けたのを見計らって、私はエンジュとの待ち合わせ場所に向かった。 何だか後ろめたい気がするのは確かだ。 「有り難う! アンジェ! レイチェル!」 エンジュは緊張した白い頬を僅かに紅潮させて、私達を迎えてくれた。 その素直な表情を見ると、私は心が傷む。結局はエンジュを利用しているのと同じだから。 一緒にスタジオの途中まで入ったところで、私とレイチェルは呼び止められてしまった。 「お友達は、この楽屋までよ。スタジオの中には入れないから、そのつもりで」 「はい!」 やっぱりと思い、少しだけがっかりする。同時に、どこかホッとしたような気分にもなった。 「エンジュさん、先ずはカメラマンに今の感じだけを撮って貰って、その後はメイクをして撮影するわね」 「はいっ!」 エンジュは緊張しているようで、棒切れのようにガチガチに硬くなっている。 それが素直な彼女を現していて、好ましかった。 「…アリオスさんに相応しくなれるかな…」 ぽつりと言うエンジュは、とても可愛いらしい。 ここまで素直に可愛いエンジュを見れば、私は認めないわけにはいかないような、そんな気分になった。 私達はあくまで”エンジュの友達”なので、楽屋で手持ちぶたさ”な気分になる。 「探検しちゃわない?」 「うん!」 同じことを考えていた私達は顔を見合わせて笑った。 エンジュが戻るまでに戻れば良い。そんな軽い気持ちで、私達は探検を始めた。 初めてな業界の匂いに、私は笑みすらも零してしまう。 ショービジネスを生業とする人達があんなに近くにいるのに、私は今まではそんな雰囲気を感じたことすらなかった。 ほんの5分歩くだけで、おばあちゃんが大好きな”お茶目な将軍様”を演じる、女性に大人気なオスカーに出くわした。 「おばあちゃんに自慢が出来るよ!」 ”お茶目な将軍様”を演じるオスカーは、時代劇スターでありながら、パンク演歌のスターとしても知られている。 スモルニィ座での一ヶ月興行には、おばあちゃんはいつも通っている。 「良かったね。これだけでも、来たかいがあったでしょ」 確かにそうだと、私は頷く。おばあちゃんに自慢できるからいいかと思う。 エンジュが帰ってくるといけないので、私達は楽屋に帰ろうとした。 「お嬢ちゃんたち、ちょっと待った!」 あのオスカーに声をかけられて、私達は驚いたように振り向く。 突如、オスカーさんが近付いてきた。 「お嬢ちゃんたち、俺のプロモに、着物のお姫様の役で出ないか?」 「私達が!?」 余りに唐突な申し出に、私達は驚きの余り声を合わせて呟いていた。 「そう。新しい”お茶目な将軍様”の挿入歌”夜明けのお嬢ちゃん”のプロモだ。♪今日はどんなに辛かろうとも、誰もに明日がやってくる。どうだ、いい歌だろう?」 「そうですね…」 ポケットから譜面を取り出して、見ながら歌うオスカーさんの姿に、レイチェルは渇いた笑顔を向けていた。 「”すきま嵐”に続いての新曲ですか?」 「よく知っているな! ひょっとして俺のファンか? お嬢ちゃん」 ルヴァおばあちゃんがと、私は心の中で呟く。 おばあちゃんは本当にオスカーが大好きで、毎日”オスカーサンバ”を踊っているほどだ。私もすっかり覚えてしまった。 「だったら話は早いな。”お茶目な将軍様”のセットを使って大奥を再現するんだ。それに出てもらいたくてな。それとも、他の出演決まってる?」 歌に合わないと私が思ったのは、言うまでもない。 「いや、私達は素人ですし、決まってはいないんですけれど…、やっぱりちょっと…」 私が言葉を濁しても、目の前のオスカーさんは引こうとしない。だけどこのままダラダラとここにいるわけにはいかない。エンジュが戻ってくるからだ。 「戻らないといけないので、またね!」 レイチェルが焦るように強引に手を引いて走ってくれたので、私はその場から逃れることが出来た。 「おい! お嬢ちゃんたち、待ってくれ! 話はまだ終わっていない!」 オスカーさんが止めるのも聞かずに、私達はエンジュの楽屋に戻った。 「ビックリしたね!」 「ホント! 演歌のプロモに出るハメになるところだったよね!」 レイチェルが苦笑いをしたので、私も思わず同調してしまう。 「ルヴァおばあちゃんなら、文句なしに出ただろうけれどね」 私は、おばあちゃんが大奥スタイルをするのを想像して、笑ってしまう。 ふと、ひとの声が聞こえたので、私達は襟を正す。エンジュが帰ってきたのだろう。 ノックなく少しだけ乱暴にドアが開き、私達は意外な人物が入って来たことに驚いた。 「何ダァ、アンジェにレイチェルじゃねえか!? どうしてここにいるんだよ!」 現れたのはレオナードお兄ちゃんで、まさかここまで来るとは思わずに驚いた。 「ったく、タイミングが悪いんだよ…、おまえは…」 レオナードお兄ちゃんが舌打ちをしたので、私は拗ねた気分になる。 タイミングが悪いなんて、何だかちんぷんかんぷんだ。 「何? レオナードお兄ちゃん」 私が小首を傾げていると、お兄ちゃんの後ろからスーパーモデルのオリヴィエが顔を出す。 「直接、子だぬきちゃんに会えるなんて、これは都合が良い…」 オリヴィエは甘く笑うと、私にゆっくりと近づいてくる。 「私はアリオスのプロモーションビデオの監督をする、オリヴィエといいます。今回、コンセプト的に三人の天使を使おうと思っていたけれど、後の二人がこんなに簡単に見つかるとはね。特に、子だぬきちゃんは、レオナードの写真で非常に良かったでからね。 ねぇ、私が監督するビデオに出られないかな?」 余りに突然の申し出に、私はどうして良いかが解らなかった。 |
| コメント アリコレ兄妹ものです。 まだ佳境までには時間がかかりそうですが、宜しくお願いします。 ルヴァばあちゃんとゼフェルじいちゃんコンビも人気のようです。 今は亡き(すまん)ゼフェルとルヴァの間に生まれたのが、父親であるカティスです(笑) |