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「こいつはダメだ!」 迷っている私に引導を渡したのは、レオナードお兄ちゃんだった。 「どうして!? こんなに可愛いのに。三人の天使で素敵だと想うけれど」 「だぁー、アリオスがアンジェを使うのを躊躇うに決まっているだろうがぁ。妹だし、エルンストアニキもレイチェルがんなものに出たら、卒倒するぜぇ?」 レオナードお兄ちゃんの少しいらだたしげな声に、エンジュは驚いたように、私とレオナードお兄ちゃんを交互に見た。 「えっ!? アンジェとアリオスさん、レオナードさんは兄妹!?」 声がひっくりかえるぐらいエンジュは驚いている。 「これにレイチェルのオトコのエルンストを入れたら、コレット4兄妹の出来上がりだ」 「凄い…美形兄妹…」 エンジュはうっとりとするかのように、溜め息をついている。 「訂正だぜ、エンジュ。美形男兄弟プラス子だぬきがだな」 この私が子だぬきですって!? レオナードお兄ちゃんは全く一言多いんだから。私は頬を膨らませながら、ぷいっと顔を背けた。 「レオお兄ちゃん、叩くよ!?」 「おまえ相変わらず凶暴」 レオナードが大袈裟に言うものだから、皆がくすくすと笑っている。本当に皆失礼だ。 「だけど羨ましいな…。こんな素敵な人達とずっと一緒にいられるなんて…」 エンジュの声には憧憬と甘い恋心が滲んでいる。私はちょっとだけ複雑な気分だった。 「おい、今、そこに可愛いお嬢ちゃん二人組が入ってこなかったか?」 ノックと同時に、オスカーさんが少しばかり不遜な様子で入ってくる。 「お嬢ちゃんたち!! もうひとり新しいお嬢ちゃんも!」 男たちは全く無視して、オスカーさんは私達三人に視線を向けてくる。さっき一応断ったんだけれどなあ。 「改めて、三人で俺のプロモーションビデオに出てみないか?」 「あ、あの…、さっき言ったように…」 私がしどろもどろになっていると、またドアが開く。今度は一体何が起こるのか、私はもう何でも来いという気持ちだった。 「がちゃがちゃ騒ぐんじゃねえ!」 どすの利いたテノールは、やはりアリオスお兄ちゃん。 しかもかなり恐いオーラを出している。私は振り返るのが正直怖かった。 「俺の妹はオスカーのプロモも俺のプロモにも出ない。出るのはエンジュだけだ」 アリオスお兄ちゃんはきっぱりと言い切り、オリヴィエさんとオスカーさんを睨んでいる。 「俺は諦めねえぜ。プロモに出てもらった後は、俺の”サンバ隊”に出てもらう予定だからな」 私は思わずぎょっとした。あんなきらびやかな舞台では踊れない。 青いラメの着流しを着こなすオスカーさんを中心に、総勢50名の出演者で踊るけれど、見ているのは楽しいし、ステップも簡単だけれど、自ら踊るのは正直嫌だ。 「踊れるけれど、出演はちょっと…」 私は言葉を濁して苦笑いをしながら、言う。 だかオスカーさんを更にその気にさせただけだった。オスカーさんの説得はエスカレートして、さりげなく私の手を握り締める。 「踊れるのか! それは好都合だ! 是非、俺と一緒に、”オスカーサンバ””オスカーでGO””炎のオスカーマンボ”で一緒に踊ろう” 夏の恒例”オスカー鯔背な炎祭”にも出ないか?」 そういえば、オスカーさんのファンクラブ”炎風会”に入っているルヴァおばあちゃんが、先行予約をしていたっけ。 私はぼんやりとそんなことを考えていた。お祭りには行きたいけれど、出るのは…。 だけど、私の思考を破るように、アリオスお兄ちゃんが鋭くも冷たい視線に睨んで来た。 「アンジェ、おまえもくだらねえことを言うんじゃねえ。オスカーも手を離しやがれ!」 アリオスお兄ちゃんは究極に不機嫌で、私はさりげなくオスカーさんから手を放すようにした。 「アンジェ! おまえも俺に黙って撮影現場に来やがって! あんなに俺が言っていても、おまえは俺の言うことを聞かねえんだからな! エンジュを利用して来たんだろうが。だから、変なダンサーにスカウトされるんだ!」 「変なダンサーじゃない! ”サンバ”だ!」 アリオスお兄ちゃんはガミガミと雷親父みたいに怒る。こんな怒りっぽいところは、ゼフェルおじいちゃんにそっくり! 私はそこまで考えてはっとした。 エルンストお兄ちゃんが言っていたことを思い出し、私は表情が硬くなる。 「おい、聞いているのか、アンジェ!? ったくおまえはスキーだらけだから、マンボだかタンゴだかわからねえのにスカウトされるんだよ!」 「アリオス、”マンボ”だ」 「んなもん、関係あるかよ!?」 アリオスお兄ちゃんが、更に怖くなる。 「聞いてるわよ! アリオスお兄ちゃんは、私のことがみっともないからそんなことを言うんだろうし…」 つい不安になって、私はアリオスお兄ちゃんにきつく言ってしまう。 「おい、アンジェ、アリオスアニキもそこまで言ってねえぜ…」 いつもなら私が、アリオスお兄ちゃんとレオナードお兄ちゃんの喧嘩を止めるのだけれども、今日はレオナードお兄ちゃんが止めに入る。 他の人を見れば、突然始まった兄妹喧嘩を、遠巻きで見ている。特にエンジュは気にしているみたいだった。 「ごめんなさい、アリオスさん! 私がアンジェに着いて来てって言ったから…」 「エンジュは悪くないよ」 私はきっぱりと言い切り、またアリオスお兄ちゃんを睨み付けてやった。だって酷いからしょうがない。 「そうだ。気にするな。アンジェとアリオスアニキの喧嘩はいつものことだからな」 レオナードお兄ちゃんがそっとエンジュの肩に手を置く。無意識だろうけれど、それが余りにもすんなり自然だったので、私は思わず見入ってしまった。 「おまえもこの子みてえに素直だったら良かったのにな」 私は胸をナイフでえぐられるような気分になった。 アリオスお兄ちゃんもそんなことを言わなくたっていいのに…。 妹としてよりも、私は女として切なくなってしまう。 胸がキリキリと痛かった。 「とにかく、おまえはプロモに出るとか、んな大それたことは考えねえようにな」 アリオスお兄ちゃんは低い声で呟くと、苛々するように煙草を押し込んだ。 「いいわよ! オスカーさんっ! 私を”オスカーサンバ”に出して下さい!」 この瞬間ほど、アリオスお兄ちゃんを怖いと思った瞬間はなかった。 アリオスお兄ちゃんは最悪に怒りのオーラを纏わらせて、私を見ている。 「…勝手にしろ!」 「勝手にする!」 売り言葉に買い言葉とはまさにこのことを言うんだろうなって思った。 アリオスお兄ちゃんはフンと鼻息粗く怒ると、楽屋から出て来てしまう。ドアは不作法にも、思い切り閉められていた。 「アリオスさんクールだと思ってたのに…」 ステージとテレビでしか見ていないエンジュにとっては、クールなロックスターアリオスの本来の姿を見て、驚いたようだった。 「アリオスはいつもああだよ。特にアンジェやおばあちゃんの前じゃね」 「へぇ」 エンジュは僅かに頬を赤らめて、アリオスお兄ちゃんの意外性を知れて嬉しそうだった。 「だったら、お嬢ちゃん、俺と一緒に炎のサンバを踊ってくれるか?」 オスカーさんはすっかりその気になっているようだった。 私は頷くと、オスカーさんを見た。 「オスカーさん、お願いがあるんですがいいですか?」 あれからアリオスお兄ちゃんに逢うことはなく、私は家に戻った。 「おかえり、アンジェ。今日は四人だけよ。アリオスとレオナードは、食事してくるからいらないって」 「そう…」 出迎えてくれたのは、お母さん。アリオスお兄ちゃんが夕食に帰って来ないことを聞かされて、私は焦れた想いを持て余していた。 「ルヴァおばあちゃん、おみや」 遅れてやってきたルヴァおばあちゃんに、私は包み紙を渡してあげる。 「え!? おみや! ターバンか何かかねぇ」 おばあちゃんはがさがさと音を立てて、包み紙を取っている。私は嬉しそうなおばあちゃんの顔を見たくて、じっと見つめていた。 「んまっ! オスカーの直筆サイン色紙じゃないかっ! ”ルヴァお嬢ちゃんへ。俺と一緒にファイヤーサンバしよう。オスカー”! 凄いよアンジェ!」 ルヴァおばあちゃんは本当に嬉しそうで、ぴこぴこと飛び上がっている。 私はそんなおばあちゃんが可愛く思えた。 「有り難う! アンジェ!」 「喜んでくれて、嬉しいよ!」 私はおばあちゃんの姿に心を癒されながらも、心の奥底ではちゃんと笑えなかった。 耳元にアリオスお兄ちゃんの声が蘇る。 「おまえもこの子みてえに素直だったら良かったのにな」 アリオスお兄ちゃん…。エンジュのことが好きなの? 私はどこまで言ってもあなたの妹で、それ以上の存在にはなれない。 アリオスお兄ちゃんが腕に抱くのも、キスをするのも、いつも私以外の女性だ…。 どうしても私はそれ以上の存在にはなれない。 「…お母さん…」 「何? 私…、夕飯いいや…」 私はそのまま自分の部屋に向かう。 「ちょっと! アンジェ!!」 止められても止められない。 私は自分の部屋に入るなり、ベッドに入って泣いた。 その夜、私は懐かしい夢を見た。 中学の頃に見た、とても幸せな夢。 私はベッドに寝かされているお姫様で、王子様はアリオスお兄ちゃんに凄く似た男性。 そのまま甘いキスを受けたけれども、唇の感触は妙にリアリティがあった。少し冷たくて硬い唇。 感触を感じながら、私はまた深い眠りに入っていった。 |
| コメント アリコレ兄妹ものです。 まだ佳境までには時間がかかりそうですが、宜しくお願いします。 ルヴァおばあちゃんが大好きな「オスカーサンバ」 歌詞はこちら。 ご興味のある方だけどうぞ(笑) |