とらわれの姫君

7


 あれから、何となくアリオスお兄ちゃんとは話し難い。
 恋する気持ちは、”嫉妬”と言う名の副産物を産み、私を苦しめる。
 アリオスお兄ちゃんが好き。どうしようもないくらいに好き…。
 感情が私を深く支配して、苦しめる。
 アリオスお兄ちゃん…。昨日の私をきっと”みっともない”って思ったに違いない。
 もっと大人な行動が出来れば良いのに…、私は子供過ぎて、アリオスお兄ちゃんが好き過ぎた。
 素直な感情に嘘をつけなかった。
 私が大人の女の余裕が有れば、エンジュに嫉妬して、アリオスお兄ちゃんにあんな喧嘩腰でものを言わなかったかもしれないのに…。
 何度溜め息をついても仕方がない。恋に、感情に捕われたわたしがそこにいるだけ。
 私は今日もきびきびと制服に着替えて、ダイニングに下りて行った。
 朝からいるのは、エルンストお兄ちゃん、お母さん、おばあちゃんだけ。私は少しばかりホッとしたのと同時に、少しばかり切なかった。
 本当に私って、アリオスお兄ちゃんが絡むと冷静でいられないんだろう。
 私はご飯を食べた後、じっとルヴァおばあちゃんを見つめた。
「何だね、何か私の顔についているかい?」
「なんでもない」
 おばあちゃんなら知っているだろう。
 アリオスお兄ちゃんがうちの養子なのかそうじゃないのか。
 でも…。
 やっぱり聞き出せない。
 おばあちゃんたちがごはんを食べている間、私はそっとお母さんの部屋に入り、手文庫の中にある大切なものを取り出す。
 様々な感情で思い悩んだ結果、私はひとつのことを試してみることにした。私は通学鞄の中に、そっとそれを入れた。
 緊張した。
 だけど、感情には勝てなかった。
「いってきます」
 私は重い感情に苦しめられながら、素早く家を出ることにした。
 アリオスお兄ちゃんとは何だか顔を合わせ難いから。
 学校に戻ると、エンジュがすまなそうに私を尋ねてきた。
「昨日は有り難う」
「こちらこそ! バカな兄妹喧嘩を聞かせてごめんね!」
「大丈夫よ! アリオスさんも、レオナードさんも、楽しそうだったし、私も見ていて楽しかった」
「有り難う」
 エンジュが気にしていなければいい。その笑顔が何よりもの証拠だと思いながら、私は少しばかりほっとした。
 何とか授業を受けて、私は急いで学校を出た。役所の一般受付は4時までなので、それまでに入らなければならない。
 役所の戸籍係で書類を記入し、私の身分証明書である生徒手帳と今朝持ってきた印鑑証明のカードを添える。
 ドキドキとしながら結果を待って、私は唇を噛んだ。
 本当の兄妹であれば、私の感情は禁忌で赦されるものじゃない…。
 一生、兄妹としてやっていかなければならない…。
 だけどそうじゃなかったら…?
 私達に”血の繋がり”がなければ?
 …私はどうするんだろう。
「コレットさん」
「は、はいっ!」
 戸籍係に呼ばれて、私はドキドキしながら書類を受け取る。
 妹として当然の権利だとは思うと、自分自身を納得させた。
 指先が震える。
 私は深呼吸をして自分の気持ちを落ち着かせながら、アリオスお兄ちゃんの戸籍謄本を見る。
 見た瞬間、背筋に冷たいものが走った。
 養父カティス、養母ディア、養子”アリオス”。確かにそう書かれている。
 実母の欄には”アンジェリーク”、実父は空欄だった。
 これは運命…。
 まさか…。
 鼓動が高まる。アリオスお兄ちゃんの本当のお母さんは、私と同じ名前で、何故か運命を感じた。
 だけど…。
 17年もずっと、兄妹をやっていたのに、血が繋がらないと知って、ある意味ショックなのも事実だった。
 涙が溢れて止まらない。
 この運命に少しは感謝します…。
 ひとりの女としてアリオスお兄ちゃんを愛することが出来る。
 だけど…。
 アリオスお兄ちゃんには、やっぱり本当のことは言えない…。
 言うのが酷く恐ろしいことのように思えた。

 家に戻ると、いつものように温かな何かが出迎えてくれる。
 アリオスお兄ちゃんと血が繋がっていないことが解っても、何も変わらない。いつもの安心する、私達の家がそこにある。
「ただいま」
 明るく大きな声で言うと、本当に温かく迎えてくれて嬉しかった。
 事実を知ったところで、私の生活は何も変わらない。
 ただ、重い禁忌な枷だけは取り払われたような気がした。

「何だか腰の調子が悪くてねぇ、今夜はアリオスの部屋で眠らせて貰うよ?」
「いいんじゃない? アリオスお兄ちゃんは、またどうせ帰って来ないから」
 ルヴァおばあちゃんは、嬉しそうに何度も頷いている。
 確かに、ベッドで眠れば、おふとんの上げ下ろしがなくてとても便利だと私も想うから。
 久しぶりに入るアリオスお兄ちゃんの部屋は、やはり緊張する。ほのかにアリオスお兄ちゃんの香りがして、ドキドキした。
 大好きなアリオスお兄ちゃんの香りは、私の心を甘く満たしてくれる。
 おばあちゃんは嬉しそうにベッドメイキングをして、私もそれを手伝う。アリオスお兄ちゃんが大好きなおばあちゃんは、何度もベッドにダイビングして、可愛かった。
「さあ、おばあちゃん、ベッドメイキングが出来たから、お風呂にゆったり浸かって、ゆっくりしてね。もしアリオスお兄ちゃんが帰って来たら、おばあちゃんの部屋で寝るように、伝えておくからね」
「私の部屋じゃなくても、アンジェの部屋で寝れば、それで済むことでしょう。ふたりでいつもみたいに、仲良く眠るといいよ」
 おばあちゃんに言われて、私はビックリしてしまい顔を赤らめてしまった。
 兄妹じゃないと知って、今更一緒になんて眠れない…。
 真っ赤になって頬を抑えている私を、おばあちゃんはじっと見つめてくる。
「まぁ、おやすみ、アンジェ」
「…おやすみ…」
 おばあちゃんの言葉がとても恥ずかしくて、私は胸のドキドキを抑えることが出来なかった。

 今日から、アリオスお兄ちゃんと一緒に眠るのは、やっぱり止めたほうがいいと自分に言い聞かせた後、私はアリオスお兄ちゃんにメールだけは送っておく。
 今夜はおばあちゃんがお兄ちゃんのところで寝るから、部屋は使えない旨を簡単に書いておいた。
 これだとお兄ちゃんは帰ってこないかもしれないけれど。
 私は、とりあえずやらなければならないことを、淡々と済ましてからベッドに入った。
 アリオスお兄ちゃんの戸籍が頭にちらつく。
 解らないように、私は取ってきた戸籍を引き出しの奥に直した。
 私とアリオスお兄ちゃんが血の繋がりがないことを、唯一証明してくれるものだ。
 色々と考えているうちに、私はいつの間にか眠っていた。

 朝、温かな雰囲気に心地良く目が覚めた。目覚ましが間髪入れずに鳴り、私は止めようと、手を延ばす。次の瞬間、はっとした。
 横にはアリオスお兄ちゃんが私に背を向ける恰好で、小さくなって眠っている。
 朝日を浴びるアリオスお兄ちゃんの髪はきらきらと輝いて、まるで太陽神アポロンのように綺麗だ。
 無防備な寝顔が、とても可愛いと思う。
 私はじっと見つめてしまっていた。
 兄妹じゃない…。
 この事実が、私の心を軽くする。
 兄妹じゃないことは、胸の奥で僅かに痛いけれど、それよりも私はアリオスお兄ちゃんを愛することが出来る喜びに溢れる。
 世間では”禁忌”に取られるかもしれない…。
 だけど、私達はそうじゃないから、堂々と愛することが出来るから…。何を言われたって、血は繋がってはいないのだから…。
 私はアリオスお兄ちゃんの銀の髪にそっと触れてみる。柔らかくて、胸の奥が切なくなるほど優しい感触。
瞼が動く。
 私はびくりとして思わず手を引っ込めた。
「おはよう、アンジェ」
「お、おはよう、アリオスお兄ちゃん…」
 寝起きのアリオスお兄ちゃんの顔はドキドキする。鼓動がお兄ちゃんに聞こえてしまったらどうしようかと、私は焦ってしまった。
「あ、おばあちゃんの部屋使わなかったの?」
「ああ。布団の上げ下ろしが面倒だし、線香の香りと、バカサンバ男のポスターが貼ってあるから、嫌だ」
 バカサンバ…。私は直ぐに誰かが解って吹き出してしまった。
 喧嘩をした後なので、何か重い空気が流れると思っていたけれど、いつもと同じように自然だった。
 それが嬉しい。
「ばあちゃんよりおまえのが良い香りがするしな。ベッドが狭いのが難点だけれどな…」
 アリオスお兄ちゃんは憎らしいほど素敵な笑みを浮かべながら、起き上がった。
「布団取るし、狭すぎて肩凝っちまった。おまえのベッド、小さ過ぎ」
「アリオスお兄ちゃんが背が高いからよ。これは元々一人用だもん!」
「俺のはセミダブルだからな。おまえが入って来ても充分だけどな」
 アリオスお兄ちゃんはそこまで言うと、勢い良くベッドから下りた。
「業界広しといえど、俺ぐれえだろうな。朝型ミュージシャンは」
「そうね…」
 本当にその通りだとくすくすと笑う。
 ショウビジネス界で朝が似合うのは、アリオスお兄ちゃんと、青春スターのランディぐらいだと思う。
 私は大きく伸びをする。
 お兄ちゃんが出てしまった後のベッドは、私には丁度良いかも知れないけれど、背の高いお兄ちゃんにはやっぱり役不足。女の子がひとりでは充分な広さだが、男のひとが入ると話は別になる。
 このベッドでふたり、眠っていたかと思うと、本当に恥ずかしかった。
 ここで抱き合って眠ったら…だとか、考えるだけで甘く息が詰まる。
「今日は、早く帰ってきてくれる?」
 私はアリオスお兄ちゃんの気持ちを探るような気持ちで、訊いてみた。
「ああ」
「じゃあさ、カフェオランジェの美味しいケーキをお土産で買ってきてね!」
「しょうがねえな」
 アリオスお兄ちゃんは苦笑しながらも約束をしてくれた。
 大好き。
 甘い感情が私の心の中に燃え上がった。
「俺は部屋に戻るから、おまえも支度をしろよ」
「うん!」
 勢い良く私が返事をさた後、アリオスお兄ちゃんは部屋を出ようと振り返る。
「アンジェ、おまえは自分に自信をもっと持って。おまえは…すげえ……可愛いんだからな…。解ったな?」
 アリオスお兄ちゃんは思い切り照れ臭さを混じらせながら言うと、素早く部屋を出ていってしまう。
 私はと言えば、凄くドキドキしながらお兄ちゃんを見送る。
 何度も素敵な言葉を頭の中でリフレインさせながら、うっとりする。
 私は、自分も”素敵な女の子になった気分になっていた。
コメント

アリコレ兄妹ものです。
まだ佳境までには時間がかかりそうですが、宜しくお願いします。

ちょっと仲直りです。
好きだから素直になれない。
良くあることです。




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