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アリオスの素っ気ない反応が気になり、アンジェリークは肩を落とした。 ファーストキスの相手なのに、ファーストデートの相手なのに、その態度はやはり辛い。 ぼんやり通る廊下でぽつりといると、始業を告げるチャイムが派手に鳴った。 次はアンジェリークを消沈させた張本人アリオスの授業だ。 慌てて教室に戻り、授業の準備をした。アンジェリークが席に着いた一歩後に、アリオスがやってきて授業を開始する。 クールだけれども、とても解りやすい授業だ。その冷たい雰囲気と伊達眼鏡の野暮ったい感じから、生徒がときめきを感じる対象ではなくなっている。アンジェリーク以外は。 アリオスの授業をする様子や、その教え方がとても解りやすいこと、そして生徒たちを静かにさせて授業に集中させることが出来る、独特のオーラを醸し出していること。生徒の個人個人の能力を知り抜いていること…。 注視をすれば、キリがないぐらいにアリオスの教師としての素晴らしさが見えてくる。今までは、そんなことをアンジェリーク自身が気付いたことなどなかったのだ。 こうやってじっくりアリオスを見ると、新しい発見が数多くあり、アンジェリークはときめかずにはいられなかった。 こんなミステリアスな男性のもうひとつの顔を知っているというだけで、アンジェリークは得意顔になった。 アンジェリークだけの秘密。それがとても嬉しい。 きっと皆は、アリオスが実は素敵で魅力的な男性であるとは、気付いていないだろうから。 アンジェリークはにんまりと笑いながら、夢見心地に機嫌良くアリオスを眺める。 数学の授業がラブリーなレッスンのように思えてきた。 先程の冷たいアリオスの態度なんて、忘れそうになっていた。 「おい、コレット!」 厳しい声が突き刺さって来たというのに、アンジェリークはほうけた顔をしている。 「はい?」 「今説明した定理を使って、この問題を解いてみろ」 「あ、あの」 アリオスばかりを夢中になって見ていて、授業の内容など、アンジェリークはこれっぽっちも聞いてはいなかった。 「あ、あの…」 突然立たされた修羅場に、アンジェリークはおどおどと挙動不審な行動を取ってしまう。 「答えられねえのかよ!?」 明らかにアリオスのこめかみがひくついているのが、アンジェリークにも良く理解が出来る。 それが恐ろしくて、アンジェリークは背中に冷たいものが流れるのを感じた。 「答えられねえのか?」 「はい…」 素直にここは認めるしかない。周りがざわついているのを、アンジェリークは酷く痛く思えた。 「放課後、数学準備室に来い。残りの授業は後ろで立って聞いてろ」 「はい、すみません…」 この切れるような緊張感のお陰で、誰もがアリオスの授業を真剣に聞いていた。 アンジェリークはいつもよりも厳しいアリオスの態度に溜め息をつきながら、肩を落としていた。 そこからは、急に電池がなくなったおもちゃのように、失速していく。 もう止まってしまいそうだった。 放課後になり、アンジェリークはうなだれながら数学準備室に向かう。足取りがひどく重い。 ノックをする拳が硬く感じた。 「アリオス先生、コレットです」 「ああ。入れ」 アリオスに言われて、怖ず怖ずとドアを開けると、イキナリ目の前にアリオスが立っていた。 微笑みは、桜を見た時と同じ感じだ。 もうひとりのアリオスがそこにいる。 アンジェリークは少し気持ちを引きながら、部屋に入る。 するとアリオスはドアにアンジェリークをくぎづけにした。 「俺の授業で話を聞かねえとは、良い度胸をしてるじゃねえか。アンジェリーク」 「そ、あ、あの時だけは…、たまたまアリオス先生のお話を聞いていなかっただけで…、いつもはちゃんと…はい、聞いています」 緊張感で口の中がからからになるのを感じながら、アリオスに必死になって言い訳をする。 だがアリオスは許してくれる気配どころか、更にオーラを冷たくしている。 アリオスは皮肉げに笑うと、アンジェリークの後ろにあるドアの鍵を閉めてしまった。 金属音が、不気味に響き渡り、アンジェリークは更に躰を小さくさせる。 「あ、あの、アリオス先生?」 「お仕置きをしねえといけねえな。授業中に何を考えていたんだよ?」 アリオスの唇が意地が悪そうに上がる。 アンジェリークはもう抵抗なんて出来ない。 眼鏡を外したアリオスが、悪魔に思える。 アリオスはまたふっと余裕を持った笑みを浮かべると、唇を近づけてきた。 キスの記憶が蘇ってくる。 甘くてしっとりとした悪魔のキス。 アンジェリークに何も考えられなくする麻薬。アリオス以外のことは何も考えなくなる。 思わず目を閉じて、キスを待ち構えた瞬間、嘲笑う吐息が聞こえた。 「期待してたのかよ?」 ロマンティックががらがらと音を立てて崩れさり、代わりに怒りが上がる。 「期待なんかしていません! 離して下さいっ! アリオス先生なんかだ…っ!」 大嫌いと言うところで、アンジェリークは言葉を飲み込まれてしまう。アリオスが唇を完全に塞いでしまったのだ。 深くて何度も貪欲に口づけられて、アンジェリークは抵抗する総ての力を奪われる。もう、どうして良いのか、解らないぐらいに。 キスをされるうちに、するすると力が抜けていく。アンジェリークは、躰までもがアリオスに対してくらくらしているのを感じた。 するすると躰から力が抜け倒れそうになるのを、アリオスはがっしりと支えてくれる。アンジェリークにとっては、うっとりする以上の心地良さだった。 頭の中で星が何度も瞬いている。肌が熱くなり、火傷しそうになったところで、アリオスはアンジェリークを離してくれた。 「アリオス先生…」 「やっぱりおまえは俺に素直に反応するじゃねえか」 アリオスは、決して教師の時では見せない顔をしている。それがまた悪魔のようなくせに、素敵なのだ。 どうしてこんなに溺れてしまうのだろうか。アンジェリークは頭をぼんやりとさせながら、憎らしい影だけが残るアリオスを見た。 アリオスがニヤリと笑い、アンジェリークから力を抜く。すると時間をようせずに、躰が地に下りていった。 「俺がいねえと、ちゃんと立てねえだろうが」 「そんなことないですっ!」 躰では抵抗が出来ないので、アンジェリークはせめて形だけでも抵抗をする。 アリオスは、それでも思う壷だといった顔をしていた。 「もっと心まで裸になれよ。おまえは奔放にセクシィになれる筈だぜ? 嘘をつくのは止めろよ。アンジェリーク…」 アリオスは低い声で色っぽく囁いてくる。こんなことは反則以外のなにものでもなかった。 「心をもっと素直に開けよ。俺に素直になれよ…」 アリオスにそのまま抱きしめられると、耳たぶに甘い息が吹きつけられる。アンジェリークは背筋がぞくぞくとする余りに、首をのけ反らせていた。 「おまえはもっと素直になっていいんだぜ? アンジェリーク…」 アリオスの手が伸び、アンジェリークの制服のリボンを解き始める。 息を呑んでも、それ以上の抵抗は、アンジェリークには出来なかった。 アリオスに任せるままに、まるでマリオネットのような状態だ。 ブラウスのボタンが2、3個外される。白い肌がアリオスに晒されて、アンジェリークはいつの間にか、しどけなくなっていった。 「…綺麗な肌をしてきるじゃねえか…」 アリオスの声が切羽詰まった吐息を一緒に出している。それがアンジェリークを、殊更刺激した。 「あっ…せん…!」 アリオスの唇が首筋に押し当てられながら、その手は危険にもブラウスの中に侵入してくる。 「…先生じゃねえだろ? アリオスだ」 「アリ…オス…!」 アリオスはアンジェリークの胸をかすめて、腋の下に侵入してくる。そのいやらしい動きに、アンジェリークはくらくらせずにはいられなかった。 「…あっ…」 自分の声だとは思えないほどの甘い声を、アンジェリークは思わず出す。それにアリオスに対して「ねだる」ことになっている自覚はなかった。 不意にアリオスの指先があっさりと、アンジェリークの肌から離れる。余りに突然だった為に、唖然とするしかなかった。 「おまえの躰はもっとして欲しいと言っているが、ここで止めなきゃお仕置きの意味はねえもんな」 全くこの男はどこまで意地悪なんだろうか。アンジェリークが悔しい気分で唇を噛むと、アリオスは愉快そうに笑った。 「もっともっとプライベートなレッスンをしてやるよ」 凄く悔しいのに、アンジェリークは期待せずにいられない自分が嫌だった。 |
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