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「アンジェの彼って、結構イケてるよね! 今度さ、トリプルデートしない? エルがさ、珍しい鉱石を観察に行きたいって言っていたからねえ。だから、仲良しグループで楽しく、ピクニックに行けたらいいなって思ったのヨ!」 いきなりのレイチェルの提案に、アンジェリークは喉を詰まらせそうになる。言葉が上手く出てこない。 ちらり横にいるエンジュを見る。まだ付き合い始めたばかりのふたりは、ふたりっきりになりたいと思うこともあるだろう。出来たら、直ぐに反対意見が欲しいところだ。しかし…。 「私も賛成! レオナードが美味しいお料理を作ってくれるだろうから、楽しみ! みんなの分も頼んでおくよ!」 エンジュはすっかり乗り気で明るい声ではしゃいでいる。元々アウトドアなので仕方がない。 「ホント! それは楽しみねえ! 決まりっ! アンジェもラブラブな彼に、ちゃんと言っておいてよ! いくら嫌だっと言っても、引っ張って連れて来るのよ!」 すっかりレイチェルとエンジュで盛り上がってしまい、アンジェリークは困り果ててしまった。 アリオスとあんなキスシーンを見られてしまった以上は、今更恋人は居なかったなどと言える筈もない。 「…そ、だね。聞いてみようかなあ、彼に。忙しいひとだから、無理かもしれないけれど…。アハハー!」 からからした引き攣り笑いを浮かべながら、アンジェリークは友人たちに笑いかける。全くどうしていいか解らない、破れかぶれの状態だ。 「仲良しグループでピクニックだけでも楽しいのに、そのうえ彼も一緒だったら最高だよね!」 エンジュのノリノリな言葉にも、アンジェリークは笑うしかない。 「あ! あんなところでアリオスが笑っている! 不気味ーっ!」 はっとして廊下の端を見ると、アリオスが瓶底伊達眼鏡をかけて、肩を震わせて笑っている。 きっと誰も知らないだろう。野暮ったくておたくにしか見えないアリオスが、実はイジワルでイケメンだなんて…。 しかもキスは抜群に上手い…はず。 アンジェリークも今までは想像すら出来ないことだったのだ。 アンジェリークは、無意識でアリオスの眼鏡の奥底に潜む、イジワルなからかいの光を見て取った。 きっと馬鹿にしている。それだけは間違いはない。 「ったく、気持ち悪いよね! あんなんだから、オタクだとか言われるんだよー。絶対にモテないと思う!」 レイチェルは嫌悪感を丸出しにしながら、アリオスを煙たがっている。 だが、アンジェリークは真実を知っているが故に、あまりそのような態度をとることが出来ない。 「マジよねえ。さてと、教室戻ろう、むし!」 エンジュとレイチェルの間で、アンジェリークは小さくなってアリオスの横を歩く。実際に三人の中では一番小さいのが目立ってしまう。 アンジェリークはアリオスとすれ違う際に、ちらりと見る。 すると可笑しそうに瞳を輝かせているのが見えて、眼鏡の奥の端正な瞳を思い出していた。 アンジェリークは予想していたものの、やっぱりその通りにアリオスに呼び出されてしまった。 数学準備室は、今やふたりの逢い引きの場所になっている。逢い引きとは少しニュアンスが違うかもしれないが、似たようなものだった。 「アンジェリーク、来週の日曜日は、彼氏とやらと、ピクニックに行くらしいな?」 眼鏡を外しながら意地悪に言われて、アンジェリークは背筋をぞくぞくとさせる。不快なものではなく、所謂官能に似た感覚だ。アリオスがキスをしてくれた時と同じような…。 アリオスがくれたキスを思い出し、アンジェリークはそれだけで躰が熱くなるような気がした。 とても熱くて甘いとろりとしたハチミツのような感覚だ。 「おまえの彼氏に同意がいるだろう? お願いしますって言ってみろよ?」 アリオスがゆっくりと近付いてきて、耳たぶに唇を刹那に付けてくる。冷たい感覚に溺れてしまいそうだ。 「…あ、先生…」 追い詰められて、背中にアリオスの整った手が宛てられる。背中を一往復しただけで、立って居られなくなった。 「…ほら、お願いしねえと、おまえの彼氏とやらは、ピクニックに現れてはくれねえぞ?」 追い詰めないで…。 でも追い詰めて欲しい…。 アンジェリークは自分でも矛盾した感情を覚えながら、アリオスに捕えられていく。 「お願い…しなければならない?」 「お願い、しなくちゃダメだぜ」 アンジェリークは喉がからからになるのを感じながら、アリオスを潤んだ瞳で見つめる。 「お願い…します」 唇が勝手に、しかも素直に動いた。 アリオスの思う壷になったのが嬉しいのか、ニヤリと笑われてしまった。それが憎たらしい。なのに惹かれてしまうのは、何故だろう。 「いいぜ、アンジェリーク。おまえの望むままに…」 アリオスは甘く囁くと、アンジェリークの唇に羽根のようなキスをする。 アリオスのキスは毒薬のように、アンジェリークを痺れさせた。 「好きだぜ? 素直なおまえはな」 アンジェリークは頭の中がぼんやりとなるのを感じながら、アリオスが憎らしくも愛しくも思えた。 「バレバレじゃない?」 「ばれねえ。あいつら俺の顔なんかまともに見てはいねえさ」 「ホントに?」 「そうじゃねえか。素顔を知っているおまえも含めて、俺のことを”キモチワルイ”だとか言っているだろうが。俺のホントの姿をちゃんと 見られねえ節穴なやつばかりだからな」 アリオスはさらりと言ったが、やはり厭味が入っているのは明らかだ。 アンジェリークは確かに、今目の前にいるイケメンのアリオスと、教師のアリオスとは、全く比較にならないかもしれない。同一人物だなんて、どう考えても思わないだろうから。 「大丈夫だったら…、一緒に行って下さい…」 ちらりと上目使いでアリオスを見れば、涼しげに目を細めてアリオスは笑う。 「オッケ。おまえとラブラブを演じきってやるよ」 アリオスの指先がアンジェリークの栗色の髪をくしゃりと混ぜる。 親密な態度とは裏腹に、アリオスの”演じる”という表現が、妙に切ない感じがした。 ピクニックの日、いつもよりは可愛いピクニックスタイルにする自分がいた。 アリオスがきちんと約束通りに来てくれたことが、アンジェリークには嬉しくて堪らない。 だがどこかで暗い影もある。これが全くの芝居に過ぎないことが、アンジェリークには辛い。 アリオスと手を繋ぐ度に、まるで免罪符を切られているような気分になった。 「じゃあ! ピクニックにレッツゴー!」 レイチェルの掛け声で、山登りが始まる。 自然と、アンジェリークはアリオスに支えて貰っていた。 エルンストはレイチェルに詳しい植物や鉱石についてのナビをしているのに対して、レオナードはエンジュに野の植物を食用のものとそうでないものを詳しく教えている。 アンジェリークとアリオスはと言えば、とりとめのない会話をしていた。 だが手の結び合わせは、誰よりも強いような気がする。 「しっかり歩けよ。おまえは山道でも歩いて、もっと足腰を鍛えたほうがいいんじゃねえか? そうしたらそんなにひょろっとしねえはずだろ?」 「ひょろつくのがいいんですよ!」 「おまえはもっと肉ついたほうがボリュームがあっていいぜ?」 「ボリュームなくていいもん」 「抱き心地の問題なんだよ」 アリオスが囁くように言いながら抱き寄せてくる。その強さに、胸がきゅんとしなった。 「もう少しだな。抱き心地は、もう少し成長したらな。何だったら、俺がちゃんと成長させてやるぜ?まあ、胸だけは必要ねえみてえだけれどな」 アリオスの視線がアンジェリークの胸にいく。大きいのがコンプレックスなので、ずっとボリュームダウンのことばかり考えていたのに、アリオスは胸をじっと見てくる。 アンジェリークは真っ赤になって、アリオスの視界から逃げた。 何だか微妙な距離を保ちながら、三組のカップルは移動している。 アンジェリークたちが一等遅れているようだった。 ふと水が湧く音が聞こえるのに気付き、アンジェリークは耳を澄ませる。 「アリオス、どこかから水音がすれ」 「水音? 確かにな。この山道には滝があるかもしれねえな」 「行ってみよう!」 アンジェリークが誘っても、アリオスは半分乗り気ではないようだ。 「行ってもいいが、通り雨とかあるかもしれねえな。木の隙間から雲を見ていると、んな気がするんだ」 「お願い!」 アンジェリークが必死に頼むと、アリオスは困ったように笑う。 「しょうがねえな。ただしやつらから少し逸れちまうから、きちんと後で連絡をしなくちゃならねえぞ」 「解ってる!」 アリオスは解ったとばかりに頷いてくれると、アンジェリークを引っ張って水音がする場所へと連れて行ってくれた。 直ぐに小さな滝壺が見つかり、アンジェリークは声を上げる。 小さな滝壺はまるで箱庭みたいに可愛いし、雰囲気も良い。 「かわいい! マイナスイオンがいっぱい!」 「だろうな…。だが、空からもマイナスイオンが降ってきたみてえだな…」 アリオスが空を見上げると、大粒の雨が降る。 その瞬間、アンジェリークの躰は、アリオスのジャンパーの中にすっぽり覆い隠された。 密着の強さに、アンジェリークは深い位置で呼吸をしながら、アリオスを想った。 |
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