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このまま雨に閉じ込められたらいい。アンジェリークは、幼い子供が愛情を求めてしっかりと親に抱き着くように、アリオスに抱き着いていた。 雨はどうしてこんなに倦怠に包まれ、切ない音を出すのだろうか。 アリオスの抱きしめる腕がもっともっと強くなる。アンジェリークはそれに応えるように、躰をしっかりと密着させた。 苦しそうなアリオスの吐息が聞こえる。どうしてそんなに苦しそうなの。涙が出そうになる。アンジェリークもアリオスと同じぐらいに、かなり苦しかったから。 何も話さないというよりは、話せないというのに、躰の熱はーお互いの気持ちを強く現している。 アンジェリークはいっそこの熱で溶けてしまえばいいのにと思う。 アリオスの手が、当たり前のように、アンジェリークのシャツの隙間に入り込み、肌をじかに触れて来た。 躰の熱とは裏腹に、アリオスの指先はひんやりとしている。 熱い場所が、冷たい指先で触れられることで、更に震えが起こった。 寒いから震えているんじゃない。 熱すぎて、胸が切なくて震えているのだ。 ぞくぞくとしているくせに、なんて気持ちが良いのだろうか。 アンジェリークはどうしようも出来ない程の嵐に、今、巻き込まれようとしていた。まるで渦に呑まれるような感覚だ。 「アリオス…っ!」 切羽詰まるような色のついた声を上げながら、アンジェリークはアリオスにしがみついた。 何かが爆発して、何かが壊れていく…。 そう感じた瞬間、熱が引いた。 最初は何が起こっているのか、アンジェリークには全く理解出来なかった。 ただ切ない程に狂おしい熱が、引き潮のように遠退いたのだ。 アリオスが複雑な顔でこちらを見ている。どこか後悔を感じられながらも、決して後悔などはしていない顔。 アンジェリークはアリオスに更なる熱を与えて欲しくて、瞳に涙でマーブル模様を描いた。 「…どうして? どうして止めたの?」 「レッスンはここまでだ。余りなことをしたら、おまえが風邪をひいちまう」 ただの言い訳のように、アンジェリークには聞こえた。だがアリオスはどこか苦しそうだ。 止めたかったの? それとも止められないから、止めたの? アンジェリークはアリオスを求める肌を抑え切るように、ぎゅっと自分自身で抱きしめた。 「レッスンはおしまいだ。ハートかサカキに電話して位置をきけ。後は俺達が無事であることも。心配しているだろうからな。恐らく…」 「…はい」 とても惨めな気分になりながら、アンジェリークはリュックサックの中にある携帯電話を手に取る。エンジュとレイチェルから一度ずつ電話があった。 ちらりと見ると、アリオスは何か酔いを覚ますかのように、煙草を吸い始める。背中に苦悩が見え隠れする。 何だか倦怠な雰囲気が漂っていた。 レイチェルにリダイアルをし、アンジェリークは落ち着いた少し暗い声を出す。 「レイチェル? アンジェです」 「アンジェ!? どこにいるの? 心配したよ?」 「うん。アリオス…と雨宿りをしていただけだから、大丈夫だよ。今からそっちに行くけれど、今は何処にいるの?」 「山頂に近いところ。ハイキングコースからは逸れていないよ。山頂で待っているから。雨も止んだことだしね」 「うん、有り難う。また後でね」 「うん」 電話を切ると、余計に気分は冴えなかった。アンジェリークがアリオスに向き直ると、吸っていた煙草が、残り少なくなっていた。 「先生、山頂で落ち合うことになりました」 「ああ」 アンジェリークは学級委員らしく真面目に言い、アリオスも硬い教師のように応えた。 穴蔵からゆっくりと出ると、既に外は美しい青空が光り輝く。 何だか恨めしい気分になった。 「雨が止んでしまいましたね」 「そうだな」 アリオスの態度がぎこちなくなるのが、アンジェリークは嫌で堪らなかった。 今まで散々積極的にこちらを焦らしていたくせに、今となっては引き離そうとするなんて。 アンジェリークは唇を強く噛んだ。 だったら、どうして今までからかうような態度を取ったのだろうか。 心を玩ばないで。 アンジェリークは顔を上げると涙が出そうになった為、ずっと顔を上げないでおいた。 アリオスが無言で歩き始めたので、アンジェリークはとぼとぼと着いていった。 何も後ろ暗いことなどしてはいないのに、どうしてこんなに罪悪感があるのだろうか。 アンジェリークは情けない気分になっていた。 考えながら、深刻に歩いていたからだろうか。アンジェリークは木の根っこが出ていることに気付かずに、そのまま躓いてしまった。 「きゃんっ!」 悲鳴を上げると同時に、アリオスがしっかりと腕で受け止めてくれる。 「あ、有り難うございます」 「ったく、そそっかしいな、おまえは」 からかいと半ば怒りが入った声のトーンで、アリオスが言うものだから、アンジェリークもムッとしてしまう。 「鈍臭いのは生まれつきですっ!」 「ったく」 アリオスに強引に手を取られると、半ば強制的に引っ張られてしまった。 強くて痛いのに、どうして気持ちが良いのだろう。零れ落ちそうになっていた涙が、自然に止まった。 アンジェリークは、アリオスにしっかりと手を握って貰うことは、小さな幸せに感じる。しかし、先ほど起こったことを考えると、また心に 大きな影を落とすのだ。 どうして手を握ったままなの? あんなにあっさりと引いたくせに。 アリオスは何も話さずに、ただアンジェリークの手を引っ張って軌道に乗せてくれるだけ。 元々は、道を外したのはアリオス自身だったはずなのに。こうやって無理矢理にとまではいかなくても、やはり軌道を修正するのはアリオスなのだ。 何だか恋にも同じ事が言えると、アンジェリークは想った。 行動は、やはり恋の形に似ている。アリオスは、恋もまた、自分から一方的にラインから逸脱させ、そして軌道を修正してきたのだ。 アンジェリークは胸の奥から涙が溢れるのと、アリオスの手の強さを交互に感じながら、どうしていいのか、どのような感情を持っていいのか、解らなかった。 ハイキングコースに戻りー緩やかな傾斜を登っていく。時折、葉っぱの上を珠のように転がる水滴が、光を弾き宝石のように見えた。 「やっぱり、自然が作り出すものは綺麗ですね」 アンジェリークはようやく言葉を発する。他愛がない自然についてのコメントだったが、アンジェリークにとっては大切なものに違いなかった。 アリオスと共有した時間を、ようやく言葉にすることが出来たのだから。 なんとか話したかった。 「そうだな。ここじゃ、小さなものでも、本当に綺麗に見えるからな」 「そうですね」 堅くぎこちない会話だが、ないよりはましだと、アンジェリークは思わずにはいられなかった。 やがて、薄暗い光しか射さなかった森が開け、目の前には素晴らしい風景が広がっていく。 澄んだ空気と空間の果てには、虹がかかっていた。 「凄い! 虹だわ!」 「雨が降って、綺麗な空気に包まれているからな…」 アリオスは眩しそうに目をほそめると、虹をじっと見つめる。アリオスの瞳は、どこか影を落としているように見えた。 願いを叶えるという、虹に免じて、今なら思っている事を聞き出せるかも知れない。 「アリオス先生、どうして、私を離したの?」 真剣に考えながら、アンジェリークは思い詰めた表情で呟く。 「-----アンジェリーク。おまえは俺とのプライベートレッスンをまだ望んでいるか?」 「-----はい」 アンジェリークは自分の気持ちに素直に頷いた。 アリオスのプライベートレッスンはまだまだ受けてみたい。 「さっきみたいに中途半端な中断はしないで下さい。私は切なくなります…。一緒にいて欲しいのに…。」 アンジェリークはアリオスに素直な気持ちを吐露する。するとアリオスは、アンジェリークの手の甲を撫でた。 「おまえに本当の意味で準備が出来ていれば、問題はねえとは思うが…」 アリオスには珍しく戸惑っているように思えた。 「-----準備なら出来ているよ…。我が儘言わないから…だから」 言葉の端々が涙で滲む。 もっと、もっと、アリオスとラブラブしていたいのに、こんな風に突き放されるのは嫌だ。 「おまえがどれぐらいの実力か、試してやるよ」 アリオスはアンジェリークを抱き寄せると、キスをする。 吐息が詰まりそうなほど気持ちが良かった。 |
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