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ホワイトデーの朝、将臣はぼんやりと起き出した。 昨日は、ホワイトデーのデートのことばかりを考えてしまい、昂奮やら、期待と不安で、よく寝付かれなかった。 両想いだから、こんなにも緊張することは、今更ないはずなのに、こんなにも不安に追い立てられる。 それもきっと幼馴染みが愛しくてしょうがないから。 いつも一緒にいる相手だから、こんなにも緊張する必要などないはずなのに。 嫌われたらだとか感じてしまうのは、男として余裕がないからかもしれない。 将臣は背筋を伸して、望美を迎えにいった。 何だかGがかかってしょうがない。 望美の家のインターフォンを押すと、歌うような愛らしい声が聞こえてきた。 「…将臣ですが、望美さんを迎えに来ました」 「うん、今、行くね」 玄関先で待っていると、華やかな足音が聞こえてきた。 どうしてこんなに嬉しくて、そして緊張するのだろうか。 程なくして望美が現れて、将臣は思わず息を呑んだ。 「お待たせしましたー」 現れた望美は、清らかなほどに可愛いらしい。白とパステルブルーを基調にしたスタイルは、こちらがドキドキしてしまうぐらいに綺麗だった。 「海でも見に行くか」 「うん、行く! 将臣くんと一緒だったら、本当に何処でも良いんだよ」 さり気なくこちらが熱くなる言葉を言う望美への甘い想いが、切なく燃え上がる。 そっと小さな手を握り締めると、望美はぎこちなく握り締めた。 「七里ヶ浜に行こうぜ」 「うん、春の海辺は最高だよ」 しっかりと握り締めた手は、かつて幼い頃のような甘酸っぱさはなく、代わりに静かに燃え盛る熱情だけがある。 江ノ電の極楽寺駅まで行き、電車を待っている間、ふたりはしっかりと手を繋ぎあった。 今日はどんなことがあってもこの手を離したくない。 「何だか、凄く嬉しいな。こうやって手を繋いでいられるだけでもね」 「そうだな」 肌がほんの少し触れ合っているだけなのに、どうしてこんなにも緊張してしまうのだろうか。 電車に乗り込み、七里ヶ浜に着いても、まだ将臣の緊張は解けなかった。 七里ヶ浜にはカップルがちらほら見え、今年は温かいせいで海にはサーファーがあちこちに見られる。 「凄い風だねー! 春三番ぐらいかなあ」 望美は春の陽射しに輝く長い髪を靡かせながら、無邪気に笑っていた。 可愛くて仕方がなくて、ギュッと抱き締めてしまいたくなる。 「きゃあっ! 飛ばされそうだよーっ!」 胸やヒップは豊かで艶がある女なのに、ウェストや肩、腕や脚は、華奢でか細い望美は、薄っぺらくて飛ばされてしまいそうだ。 将臣は甘い緊張を感じながらも、望美を背後から包み込む。 ふわりと花のような良い匂いがして、マシュマロのようにふわふわと柔らかい躰。 優しくて甘くて、そして狂おしい温もりに、将臣は思わず躰を押しつけた。 この柔らかな躰を支配したい。 自分のものにしてみたい。 欲情を次から次へと流れ出してきた。 望美の躰が微かに震える。それが不快と思ってはいないことは、耳朶の熱さで知れた。 前に回している腕に、思い切り力を込めると、望美が小さく息を呑む。 可愛い。 欲情が爆発してしまいそうになるぐらいに。 望美相手だと、いつも優位に立てなくなる。それはきっと好き過ぎているからだろうと思った。 不意にふたりの目の前に、ふわりとした雪の花が舞い落ちる。 「将臣くん、雪だよっ! 名残雪かなあ」 「風花だろう。山から雪が風に飛ばされてやってきたんだよ」 「そうか、綺麗だね」 望美は雪に手を伸ばすと、まるで幼子のようにはしゃいでいる。 こういう何気ない仕草が可愛くてしょうがない。 欲情が沸騰するほどに想いは燃え上がり、将臣は赤く染まった耳朶に、そっと口づけを落とした。 「…あっ…!」 唇から漏れる声と、躰の震えは明らかに女のものだ。少女の部分はかけらすらなかった。 恥ずかしそうに最初はしていたものの、望美は徐々にではあるが、将臣の熱情を受け止めている。それはきっと、この海岸にいるのが、殆どカップルだからだろう。 「ホワイトデーのお返し、ピアスにした。お前のファーストピアスを作ったんだ」 将臣は、見よう見まねでラッピングをしたボックスを、望美に差し出す。 「…有り難う…!」 望美は嬉しそうに明るい声を上げているのに、どこか泣きそうだ。 「開けて良いかな?」 「どうぞ」 「うん、有り難う」 望美がパッケージを開けている間も、将臣は抱擁を解かなかった。解きたくもなかった。 「…綺麗…! ブレスレットとチョーカーまであるよっ!」 「俺の手作りだから、出来栄えは保障しねぇけどな」 「いや、凄いよ!将臣くん、ホントに器用だねー」 望美は自由になる手で、一つずつ確かめている。 春の陽射しに翳して見る姿は、まるで最高の宝石を貰ったような仕草だ。 「…ホントに綺麗だ…」 「お前、こういうの好きだもんな」 「うん、大好きだよっ!」 望美は夢中になってアクセサリーを眺め、幸せにどっぷりと浸かっているような表情をした。 「ねぇ、ひょっとして、この間のスキンダイビングは、この貝殻を探してくれていたの?」 「ああ」 将臣は照れくさい余りにぶっきらぼうに呟くと、望美は頷いた。 少し震えているのは、感激してくれているからだろうか。 不意に鼻をすするような声が聞こえて、望美が泣いているのが解った。 将臣はこころごと抱き締めるように、更に抱擁を強くする。 「…泣くなよ…」 「だって、凄く嬉しいんだもん」 「望美」 このままキスしたい。 いや、それ以上の壁を乗り越えたくなるぐらいに、望美が欲しくなった。 「…泣くなよ…」 将臣は苦笑いしながら、望美の瞳にきらりと光る涙を指先で拭う。 「…あのとき、へんなヤキモチ妬いちゃったけれど…、ちゃんとお礼を言わないといけないね…」 「ヤキモチ妬くお前はすげぇ可愛かったけれどな」 「もうっ! 将臣くんがそれを言う?」 将臣は、望美に甘えるように更に体重をかける。 「ピアス穴さ、俺が開けてやるよ」 「え、あ、怖くない?」 あからさまに怖がっている望美に内心苦笑しながら、将臣はからかうようにもたれかかる。 「ちゃんとピアッサー用意してるぜ。何も安全ピンや針で開けようとはしていないんだからさ」 「だ、だけど…」 口ごもる望美の緊張が頂点に達していることは、その鼓動を聞けばよく解る。 同時に将臣も、同じぐらい緊張していた。 「開けてやるよ…。なあ、俺…、お前をもっともっと欲しくて、抱き締めたくてたまらないんだけれど…、お前はどうなんだ?」 「えっ、あ、そ、その…、もうちょっと七里ヶ浜で遊んでから…」 「考える?」 「う、うん…」 将臣が望美をそっと離すと、そのまま駆け出して行く。 「どうするんだよ?」 「ちょっと走って水遊びでもすると、頭が冷えるかなあ…きゃあっ!」 「おいっ!」 将臣が手を伸ばした時には既に遅く、荒れている海のせいで、容赦のない高波が望美の躰に襲いかかった。 その結果、見事なほどにずぶ濡れになってしまった。 「ど、どうしよー!」 「どうしようもねぇだろ。お前には選択の余地はねぇはずだ。行くぞ」 将臣は望美の手を引っ張ると、スタスタ歩いていく。 その視線の先には、ブティックホテルが聳えたっていた。 |