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「……最後に私と接触を試みたのは?」 小松は、ゆきに順序よく話せるようにと、誘導してくれる。 「ヴァレンタインデーです……」 「やっぱりね。ヴァレンタインデーか……」 小松は、ゆきがどういう行動をするのか、大体を読んでいるようだった。 「ヴァレンタインデーに会社に突撃した?」 ゆきは恥ずかしくて答えられない。 小松の会社に突撃したのは、紛れもない事実なのだから。 「ゆき、答えなさい」 本当にこれではまるで事情聴取だと、ゆきは思った。 ドキドキと緊張でどうにかなってしまいそうだ。 喉がカラカラになる。 「……小松さんの会社に行ったのは本当です……。ヴァレンタインデーのチョコレートを、渡そうとして」 ゆきは呼吸が上手く出来ないことにもどかしく感じながら、素直に言う。 「そう……。で、私に逢わずに帰ったんだよね?どうして?」 小松は何時だって、物事を合理的に聞き出すために、ストレートに訊いてくる。特にゆきにはいつもストレートなのだ。 緊張し過ぎて、どうにかなりそうだ。 頭がくらくらする。 ゆきは、頭のなかで言葉を一所懸命選ぼうとするが、全く上手くいかない。 「で、受付にでも追い返された?」 「そう……」 小松は合点がいったばかりに頷くと、ゆきを真っ直ぐ見た。 「だから、拗ねて私に連絡を取らなくなった?」 小松は、まるで子供に意識付をして言い聞かせるように、優しいトーンで呟く。 「拗ねたわけでは……。私はずっと小松さんばかりを追いかけていたから、ストーカーのように思われていたのだと思っていたので……。だから、二度と来ないようにと言われたのだと思いました……」 ゆきは自ら言葉にするのが切なくて、段々と尻窄みになってしまう。思い出すだけで、泣きそうになってしまった。 「ゆき、私は、受付の子に、忙しいから、ゆきにはかなり待って貰うかもしれないと伝えたけれど、それ以上のことは、伝えてはいないよ」 ピシャリと言いきった小松に、ゆきは驚かずにはいられない。 「……そんな……」 「確かにね、君は私ばかりを追い回していたから、時々はそのパワーを他に回せば良いのにと思っていたこともあるよ。だけどね、ストーカーだとかは、思ったことはないよ。これは絶対だ」 小松は、声のトーンを少しだけ優しくしてくれる。 小松の言葉に、ゆきはほっとして涙を溢す。 ずっとストーカーだと思われて、嫌われているかと思っていた。 だが、そんなことはないと思うと、緊張がゆるゆると抜けて、ゆきはホッとした。 本当に良かった。 今はそれしかない。 「ゆき、泣かないの」 「だって、小松さんがストーカーだと思われていなかったと思っただけで、ほっとしました」 ゆきは泣き笑いの表情を浮かべたあと、真っ直ぐ小松を見た。 「小松さん、有り難うございます。だけど、私はかなり付きまとっていたと思うので、そこは反省します……」 ゆきは素直に謝罪をすると、小松に視線を向けた。 「妹みたいにまとわりつくのが、仕事みたいなところがあるからね。君は……」 妹。 その言葉がゆきにとってはかなり突き刺さることを、小松は知らないだろう。 妹と呼ばれることが、何よりも切なくなることを、小松は解ってはいない。 「小松さん。これからは、良い妹でいるようにしますね。本当に迷惑ばかりをかけていたから……」 小松から離れる。 その選択は、ゆきにとってはかなり辛い。 だが、このままではいけないと、心から感じていた。 「あのそれでお話はそれだけですか? それだけなら、飲み会に行って、友人と合流しないと……」 ゆきが立ち上がろうとして、小松に思いきり腕を掴まれる。 何事が起こったかが分からなくて、ゆきは息を飲んだ。 「小松さん」 「話はまだ終わってはいないよ。良いから座りなさい」 「はい」 小松がなぜ強引なのかが、ゆきには分からなかった。 「飲み会には行かせない。どうせ男女の出逢いのための会でしょ。そんな非合理な会に、君がわざわざ行くことはないと思うけれど?」 小松は切って捨てるように言うと、ゆきを捕らえるように見つめてきた。 「ヴァレンタインデーのチョコレートはどうしたの?」 小松が意外なことを訊いてきたので、ゆきは驚いてしまった。 「……埋めました……」 「埋めたの?」 小松が考えもしなかった答えのためか、声が高くなる。 「チョコレートはちゃんと弔わなければと思ったんですよ。私の想いが入りすぎているから、この手作りはひとに上げても迷惑だと思っただけです」 「そう……」 小松は眼をスッと細めると、ゆきを怪訝そうに見つめた。 「桜智には、チョコレートをあげたの?」 「お父さんたちと同じものを……」 いつもお世話になっているから、ゆきはチョコレートを手渡したのだ。 基本、お歳暮のように、お世話になっているひとに、チョコレートを渡すようにしていた。 「そう……。これで訊きたいことは終わりだよ。ホワイトデーはきちんとお返しをするよ」 「え?私、小松さんにチョコレートを渡していませんが……」 ゆきが恐縮しながら言うと、小松は頬に触れてきた。 「その気持ちに応えるんでしょ、ゆき」 小松はクールに呟くと、ゆきの頬を撫でてきた。 ドキリとするほどに官能的な指先の動きに、ゆきは思わず目を閉じる。 とても満たされた幸せなドキドキが、ゆきの気持ちを華やいだものにする。 「有り難うございます……」 ゆきは、礼を言いながら、少しは希望を持って良いのだろうかと思わずにはいられなかった。 「私の話はこれでおしまいだよ。君は、今まで通りで良いんだと思うよ。だから、変に落ち込んだりしなくても構わないよ」 小松なりにゆきを気遣ってくれているのだろう。それはとても嬉しい。 本当に希望を持っても良いのだろうか。 ゆきの希望は膨らむばかりだ。 「君の兄代わりとして、いつまでも落ち込んだら嫌だからね」 「……」 小松の言葉に、ゆきは崖から突き落とされた気持ちになる。 なんてこと。 天から墜落したような気分だった。 小松にとっては、所詮、ゆきは妹なのだ。 嫌われるよりは良い。 だが、ある意味、ゆきは辛い道を歩かなければならないと、思っていた。 「どうしたの?ゆき」 「何でもありませんよ……」 笑って誤魔化そうとしたが、上手くいかない。 小松に自分の気持ちを抑えることは、到底無理なのだと、ゆきは思っていた。 |