*ずるいあなた*


 妹、いもうと、イモウト……。

 何度か心のなかで呟きながら、ゆきは切なくて暗い気持ちになる。

 小松を兄だとは一度たりとも思ったことはない。

 小松のことを、ずっと異性として意識をしていた。

 本当に大好きだ。

 ずっと小松が好きで、幼い頃は、結婚できるとすら思っていた。

 だが、そんなことはないのだということを、今になってようやく気づいた。

 妹という枷を取ることは、本当に難しい。

 ゆきは、以前のように小松に猛烈アタックは出来ないと感じていた。

 

 小松の会社に自分から行くことはなくなった。

 ただ、行きたいと強く思っているのも、また事実だった。

 小松に呼ばれてから、初めて向かうことにする。

 小松に迷惑をかけたくない。

 小松と、とにかく距離を持たなければならない。

 そうしなければ、ゆきはバランスがおかしくなってしまうのではないかと、思った。

 ホワイトデーの前々日、ゆきは小松に呼ばれて、会社へと向かった。

 前々日。

 それが妹としての立ち位置なのだろうと、思わずにはいられなかった。

 小松のホワイトデーの相手の中で、一番、綺麗であるように、ゆきは一所懸命、お洒落をすることにした。

 大人の女性に比べると、綺麗ではないかもしれない。

 だが、少しでも小松に近づきたくて、ゆきはできる限りのお洒落をすることにした。

 白いシンプルなワンピースを着て、薄く化粧をする。

 大人の女性の代名詞のように思える、ハイヒールを履く。

 然り気無くしたい。

 背伸びをしていると、小松には言われたくはない。

 無理をしていると、誰よりも大好きなひとに思われたくはない。

 ゆきの強い想いだった。

 小松には、ひとりの一人前の女性として、扱って貰いたかった。

 ゆきは、今日は堂々と小松の会社に向かう。

 ちゃんとアポイントがあるから、大丈夫だと思う。

 小馬鹿にされないように、ゆきは背筋を伸ばして、受付へと向かった。

 受付には、前回いた美しいスタッフはいなかった。

「蓮水ゆきと申します。あの、小松帯刀さんとお約束をしておりますが、取り次いでいただけますでしょうか?」

「はい、かしこまりました」

 今回はスムーズに受付を通して貰え、ゆきはホッとした。

 ゆきが待っていると、受付の女性が、小松の部屋まで連れていってくれる。

 緊張してしまい、ゆきはガチガチになってしまっていた。

 いつもならば、ここまでは緊張していないというのに、今日はホワイトデーのデートだからだろうか。

 ゆきはカチコチになる自分を感じながら、ギクシャクと歩いてゆく。

 小松の部屋まで誘導されて、ゆきの緊張は頂点に達する。

「どうぞ、こちらでございます」

「有り難うございます」

 ゆきが挨拶をすると、ドアがノックされて、開けられる。

CEO、蓮水様でございます」

「有り難う。ゆき、中に入って」

「はい」

 ゆきが部屋に入るとドアが閉じられて、小松とふたりきりになる。

 ドキドキし過ぎて、ゆきは胸が苦しくなる。

 小松が神経質そうに目をスッと細めたかと思うと、ゆきを凝視する。

 不快そうに見つめられて、ゆきは心臓が止まるような気持ちになる。

 そんなにもこの格好はおかしいのだろうか。

 ゆきは不安で仕方がなくなる。

 小松にいやがられたら、それだけで泣きたくなる。

 ゆき自身はかなり気合いを入れたつもりだったが、やはり小松は気に入らないのだろう。

 白いシンプルなワンピースを、ゆきが着ると、かえって子供のように見えるのだろうか。

 ゆきは考えるだけで暗い気持ちになった。

 どうして小松の前では、全く自信が持てないのだろうか。

 自信を持てるような女になれたら良いのにと、ゆきは思わずにはいられなかった。

「……待っていて、直ぐに支度をするから」

「はい」

 ゆきは頷くと、小さな子供のように、部屋の隅で待つ。

 ホワイトデー当日に誘われなかったのだから、小松にとってのゆきは、その程度のレベルなのだろう。

 だから、過度な期待をしてはならないと、ゆきは自分自身に言い聞かせるしかなかった。

「ゆき、支度が出来たよ。行くよ」

「はい」

 小松の後をてくてくと歩いて行こうとすると、いきなり手を捕まれた。

「私から離れないようにね」

 小松はゆきの手をギュッと握り締めたかと思うと、そのまま手を引いて歩いてゆく。

 それはまるで、大人が小さな子供の手を繋いで引っ張ってゆくようにも、恋人同士のようにも見えた。

 小松は駐車場へと向かう。

 小松は、ゆきを離さないとばかりに、強く手を握り締めてくれている。

 これが本当の意味で心がたっぷりと入っていれば、嬉しいのに。

「小松さん、今日はどちらに?」

「君が喜ぶ場所に連れていってあげるよ」

「楽しみです」

 答えながら、ゆきは、本当は小松がいてくれたら、どこにいても幸せなのにと思う。きっとそれを小松は解ってはいないだろう。

 ゆきは寂しい気持ちになる。

 いつも恋をしているのは、自分だけではないかと、そんなことばかり考える。

 実際にはそうなのだが。

 小松の車に乗り込むと、直ぐに走り出す。

「楽しみです、小松さん」

「満足はして貰えると、思う」

 ゆきは思う。

 今この瞬間を大切にしなければならないと。

 今、この瞬間を楽しもうと思った。

 今だけはゆきだけの小松だから。

 小松は車をベイエリアへと走らせてゆく。

 夜景はロマンティックで、とてもきれいだ。

 大好きなひととドライブをしながら、夜景を見つめる。

 なんてステキなのだろうかと、ゆきは思う。

「夜景がとても綺麗ですよ、小松さん」

「もっと君が喜ぶ場所だからね。楽しみにしておくと良いよ」

「有り難うございます」

 ゆきは今だけはこのときめきに総てを委ねておこうと思う。

 今しか感じられないときめきなのだから。

 小松の車は、高層ビルの駐車場へと入ってゆく。

 ここの高層階には、高級飲食店しかない。

 大人の女性にしか似合わない店だ。だからこそ緊張してしまう。

 車から降りても、ゆきは緊張でつい顔を強ばらせてしまう。

「ゆき、どうぞ」

 小松は、ゆきの緊張を察してくれ、そっと手を差し出してくれる。

 紳士的なその仕草に、ゆきは思わず笑顔になった。

「有り難うございます」

 ゆきがその手を取ると、小松はフッと甘く微笑んでくれ、強く握り締めてくれた。




マエ モクジ ツギ